[映画レビュー#83] ブロンソン | ニールのシアター

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お越しいただきありがとうございます!鑑賞した映画・特撮・ドラマ・アニメをシェアしたいと思い、始めました!現在、様々な作品を開拓中!(まあ、たまに偏りはありますがw)

どうもどうも、昨日レッドロックキャニオンという岩壁と砂漠の公園まで友達とドライブして、現地でマッドマックス(の役者とスタッフ)の気分を想像したらあまりの暑さにガチで死にそうになりました、ニールです(о´∀`о)

 

いや、なんだかんだで実は他の映画のことも考えたりしてました。それは最近見た「美しき冒険旅行」。熱帯のオーストラリアの地でのサバイバル。マックスもそれは並大抵の環境ではないでしょうけど、後者は16歳少女、10歳のボクチャン、行きで使った車は発狂して自殺した父親がついでに燃やしちゃい…それで置き去りですよ?!
これぞ生き地獄w

それと比べりゃ、必須の授業を受けるタイミングが遅くなって暇になって辛いとかほざいている俺なんてさ…友達に車出してもらって帰りたいと思えばみんなと帰れるわけですから!米粒噛み締めて生きていこうて思いますよ!
ってことを岸壁よじ登りながら考えてました。高温でしたがしっかり楽しみました。
 
このようにですね、僕らは色々大変なこともありますが、最低限自由が効くような世界で苦労や幸福の積み重ねで生きていると思います。法に触れない形で。もしそこを踏み越えるとですね、その「苦労や幸福」の部分がだんだんズレた状態で成り立ってしまうことがあると思うのです、こんな男みたいに。彼もある意味自由が効いてるように生きてはいるのですが…ズレもここまでこじらせて変わらなければむしろ清々しくてカッコいい、愛おしくなる。
 
 
 
マイケル・ピーターソン
 
 
 
彼は有名になりたかった。
 
 
 
この映画で語られることは、
実話である。
 
 
幼い頃から「有名になりたい」と思っていた男、マイケル・ピーターソンは幾度となく理由のない暴力行為を繰り返していた。数々の刑務所、精神病院への移転を繰り返し、アンダーグラウンドボクサーにたどり着く。そこから彼は自らを映画スター、チャールズ・ブロンソンと名乗り始め…
 
原題: Bronson
英国公開: 2008年3月13日
日本未公開
上映時間: 92分
製作国: イギリス
 
監督・脚本: ニコラス・ウィンディング・レフン
脚本: ブロック・ノーマン・ブロック
製作: ルパート・プレストン、ダニエル・ハンスフォード
撮影: ラリー・スミス
編集: マシュー・ニューマン
音楽: ロル・ハモンド
衣装: シャーン・ジェンキンス
 
出演: トム・ハーディー、ジェームズ・ランス、マット・キング、アマンダ・バートン、リング・アンドリューズ、他



 
 
ということで今回から配信サイトで可能な限り見れるデンマークの映画監督ニコラス・ウィンディング・レフン監督の作品を追って行こうという魂胆でございます。題して

ニコラス・ウィンディング・レフン特集

「ドライヴ」以外はまだ僕は見ていなかったのでここらでチェックできるのは自分が一番楽しいwということでまずは2007年に公開、日本では「ドライヴ」が話題を読んだ後にビデオ発売されたこの「ブロンソン」言ってみようと思います。
 

「これ、マジで実話なのか」
と思う展開が本当に多いw だからこそ映画として説得力を持って面白くなる理由の一つではあるんですけどね。ではここでWikipediaなどでわかるマイケル・ピーターソン、いやチャールズ・ブロンソンが残してきた記録の一部をご紹介しましょう。

 

1952年12月6日生まれ。地元のイギリス、ルートンで、先生、ギャング問わず盗み、暴力行為を繰り返す。ちなみにこの時点で13歳w少年裁判には呼ばれたこともあったがまだ刑務所には世話にならず。



その後に職を得るも職場のマネージャーをぶっ飛ばしHM Prison Risleyという刑務所で初めて拘留される。が、罰金と執行猶予付きでその場はおさまる。信じられないことにそんなことを何度か繰り返します。それから1971年には結婚もして、翌年に妻が男の子を出産。
 


そして1974年、22歳の時に再び拘留。しかしこれまでのようには行きません。Walton Goal刑務所で過ごすことになります。が、一年後、理由もなく2人の受刑者をぶっ飛ばしたためHull刑務所に移転。
 
(その後も色々やばいことがありますがあまりにも多すぎるので略。ぜひ作品鑑賞後に興味があれば調べて見てください。)
 
そこからは、途中でアンダーグラウンドボクサーになる以外の活動のほとんどは、模様替えのごとく数々の刑務所を移り住み、さらには精神病院も経験し、抑え込もうとする第三者側の努力はことごとく儚く散ってゆき、そして彼自身は暴力行為を続けましたw
そして
 
これまで独房にいた期間、
30年。
 
移転回数、120回。
 


いやもう実家じゃねえか!
 
ちなみにファイターだった期間は映画では尺をそれなりにとってありますが、実際はたった69日間の出来事でした。
 

今作を見ていると若干フィクションくさい、ある意味ファンタジーっぽいために彼が人によっては魅力的に映るかもしれません。それは決して暴力を美化しているわけではなく。なんなら脚色のせいでもありません。むしろ映画映えする実話の数々を削る方が大変だったと思います。ウソみたいな犯罪歴が多すぎてそのウソみたいな話の中から厳選しているからウソみたいに聞こえても…ってなんか俺も混乱してきたな汗


もうね!マジでそういう生き方をしてるんですよ、で、実在するんですよ!w 決して褒められたもんじゃないですけど、こんな男もそういないと思います。世間的に悪い方向ではありますが彼のある種曲がることのない生き様は本編を見ていると、やっぱり「すげえなこいつw」と声が漏れてしまうわけです。それに間違いなく貢献しているのがブロンソンを演じたトム・ハーディー。「マッドマックス/ 怒りのデス・ロード」「裏切りのサーカス」などで既に好きな役者さんでしたが、今回の身を呈した怪演でもっと彼が好きになりました。なお日本リリース版は残念なことにフルチンのシーンがぼかしになっていましたね。軽く、脱ぐから偉いとか言いたいわけではないですが、直接ブロンソン本人から話を聞きながらの役作りというのは尊敬に値します。


過去に高橋ヨシキさんがどこかで今作を21世紀の「時計じかけのオレンジ」と評していたんですが、見た後だと「なるほど」と思わされる節がありました。まず暴力に生きるブロンソン役のトム・ハーディーのフルチン含めての怪演・本編中のマイペースな語りは、マルコム・マクダウェルのそれに当たるのが一つ。もう一つはほとんどブレないカメラアングル、遠近法を使った撮影ですね。

これはやっぱり、キューブリックをきっと意識しているのでしょう。さらに監督特有の強烈な一色の映像の色彩が加えられて、キューブリック風撮影とレフン監督の色彩のダブルパンチでずっと画面に釘付けでした。

 
 




















あ、多分途中出てくるおっぱいや太ももも要因とは思うけど。
 
ただ「時計じかけのオレンジ」とは違うのが、政治的な背景やメッセージがなく、ブロンソンによる暴力が観客には全く理由がわからないように描かれている点です。本編中いろんな人物が彼に近づき、どこか優しげに共感しようとしたり生きがいを与えようとする人も現れます。見ている間、「お、もしかしてこの人はブロンソンを変えるようなきっかけになる人なのかな。そしてそこでブロンソンも更生できるっていうドラマになるのかな」って僕自身真面目に思う瞬間は何度かありました。





















が、さすがチャールズ・ブロンソン。そんなヒューマンドラマ要素は根こそぎ焼き払うかのように、むしろそういった人間からまず暴力の餌食にしていきますw

もうここまできたら笑うよねw
彼も「お前らに理解できるわけがねえ」というスタンス。よって共感させる余地を自分から潰しに行くことで、誰にも理解しがたいけれど「暴力」によってどこか譲れないものというのが1人の人間として確実にある、実にならないけれども圧倒される伝記映画が完成したんだと思いました。
 

彼が本編で最後にはどのような着地をするのか、これはもうぜひその目で確かめていただきたいです。個人的にはかっこいいというよりは「ヤバイ!」という印象は変わりませんが、彼の生き様には他が簡単に真似して到達できないような魅力をじっくり感じられました。
 
最終評価は86点です。
 

それとこれは少し映画と関係あるような関係ないような小話なんですが。この作品が発表されたのが2008年ごろ。のちの2014年にチャールズ・ブロンソンはさらに改名しました。次の名前はサルバドール・ダリ。1904年生まれのスペインの画家です。ブロンソンは彼のことを尊敬していたそうです。で、このことは鑑賞後に僕は知って、ダリのこともそれまで知らなかったので、晩年あたりの彼の写真を見たときに僕は思わず「お!」と声を出しました。



それがこちら

その当時のダリのヒゲが映画でのブロンソンのヒゲにそっくりだったんです。映画公開は改名の6年ほど前だったにも関わらず、ヒゲからどこか通ずるものがあったのでしょうか。あるいはその頃から映画に描写はされなくとも意識していたか。それだけではありません。ダリはこんな言葉も残しています。


「ダリの作品は誰にもわからない。ダリにもわからない。」
一瞬早口言葉かなんかかなと思ったのはおいといて、これはブロンソンの暴力にも通ずるところではないかな、と鑑賞後に思ったりしました。今考えれば本編でブロンソンの頭にある絵のイメージはどこかダリの作品にも似ているよな、とも感じたり。このような偉人や映画に描かれた点が、気づかぬうちにどれほどぶっ飛んだ彼にさえも影響を与えていたのかもしれません。どれだけ廃人のような人生を歩もうとも、マイケル・ピーターソンだって、しっかりと生きた血が通っている男だと考えさせるちょっとしたエピソードでした。
 
信じるか、

信じないかは



あなた次第です!
 
決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…とまあそんなあたりで
 
 
 
オープニングトークで書いたレッド・ロック・キャニオンで撮影した写真でお別れです。

 
次回は「ドライヴ」のレビューでお会いしましょう!