春の怪談…いよいよ大詰めです。
もう、真夏ですしね…(笑)
これはある地方へ出張へ行った時の話なのですが…。
仕事が少し早く終わり、いや…早く終わる様にしたと言った方が正解
ですね。
宿が温泉旅館だったので、少し早く終わる様にして、宿でゆっくりする
様にしておりました。
春と言っても既に桜も散って、少し汗ばむ程の陽気でした。
車でその宿に到着したのですが…。
荷物を車から下ろして宿に入りました。
しかし誰もいないのです。
「すみませーん。」
と声をかけると、中から男性が一人小走りに。
「申し訳ありません。ご予約の方ですね…。」
と私をカウンターへ。
宿帳に記入し、部屋へ案内されました。
部屋へ入る前に、その長い廊下の奥を見ました…。
その奥がどうしても気になって…。
しかしその時はとりあえず部屋に通されました。
部屋で色々と説明を聞いて、その男性は去って行きました。
服を着替えて、寛いでいると今度は仲居さんがやってきました。
先ほどの男性と似たような説明をしてお茶を入れてくれました。
「あの…。」
「はい、何でしょうか…。」
「この廊下の奥はなにかあるのですか…。」
私は仲居さんに訪ねます。
「あ、ああ…。この奥を通っても大浴場へ行けるのですが、少し
遠回りになるので、ロビーを通って頂いた方が良いかと…。それと
この奥は女将の自宅もございます。」
旅館に自宅が続いているようでした。
「なるほど…わかりました。大浴場へはロビーを通るといいんですね。」
仲居さんにお礼を言いました。
後で合流する人がいたので、それまでに先に風呂に入ろうと思い、私
は部屋を出ました。
そして、ロビーを通って、大浴場へ。
誰も入っていない大浴場で、ゆっくりと過ごしました。
半分のぼせた感じで風呂を出て、風呂の外にあった自動販売機で、冷
たい物を買って飲んでました。
「いかがでしたか…。」
その時ふいに後ろから声をかけられたのです。
振り返ると50代くらいの和服の女性が立っていました。
一目でこの旅館の女将とわかりました。
「あーいいお風呂でした…。」
私はそう言って頭を下げました。
その時、あれ…。と思いました。
その女将。
きっちりと和装で決めているのに…。
足袋をはいていないのです。
裸足でした…。
お風呂の中でも見ていたのかと思い、自分を納得させました。
「ではごゆっくりと…。」
女将はそう言うとロビーとは逆の方へ歩いて行きました。
あの部屋の奥の廊下へと繋がっている方でした。
妙でした…。
その廊下の奥は私が泊まる部屋の方から見ても、その風呂の
方から見ても、明かりもついておらず真っ暗なのです。
人を寄せ付けないでおこうとしているかの様に…。
また私はロビーの方を通り、部屋に戻りました。
そこで合流する予定だった仲間を待っていたのですが…。
いつの間にか寝てしまったようです。
気がつくと待ち合わせの数人がテーブルについてお茶を飲んで
ました。
「なに一人で寝てんねん。」
などと言われながら…。
その数名も風呂に入ると言って部屋を出て行きました。
私は部屋の窓辺から外を見て寛いでました。
すると仲居さんが入って来て、夕食の準備を始めました。
「もうお風呂入りはりましたか。」
「ええ。いい風呂でした。」
なんて会話をしていたのですが、
「すみませんね…。今、女将が不在で、本来ならご挨拶に伺うの
ですけど…。」
女将は外出したのか…。
そう思いながら、
「いえいえ。先ほどお風呂出たところでお会いしたので…。」
「はあ…。」
その仲居さんの顔が一瞬で曇りました。
「どうしたんですか…。」
流石に私もそう聞きました…。
「いえ…。何でもないです。お食事6時からですよね…。」
そんな感じに話をごまかし、部屋を出て行きました。
それでもそんなに違和感は感じなかったのですが…。
女将が不在と言いながら、体調不良などで寝ているだけなの
だろうなどと思っていました。
みんなが風呂から出てきて、並んでいる料理の前に座り、冷
えたビールを飲みながら食事を楽しみました。
「でもこの奥の廊下、暗いよな…。」
一人がそう言います。
「ロビー通った方が風呂には近いらしいですよ…。」
私はその彼にそう言ったのですが…。
「何言ってんねん…。こっちの方が近いわ…。」
そう言うのです。
確かに風呂の位置を考えると、暗い廊下を通る方が風呂には
近いかもしれません。
何度か仲居さんが出入りして料理を持って来てくれました。
そして、料理も終盤になった頃に、私が宿に着いた時に対応し
てくれた男性が入って来て、挨拶をしてくれました。
その男性はずっと私の顔を見ていました。
それが不思議で…。
夕食後もみんなは部屋で酒を飲んで、ワイワイ騒いでおりました。
私はもう一度風呂に入ろうと、ロビーを歩いていたのですが…。
「お客様…。」
と先ほどの男性に声をかけられました。
ロビーにある応接に座り、お茶を出して頂きました。
他愛もない話しをしていたのですが、突然、
「女将に会われたと…。」
男性はそう言いました。
「はい。風呂上がりに声をかけられまして…。」
すると、その男性は仲居さんを呼んで、写真をもって来させました。
一枚の額に入った写真をテーブルの上に…。
「あーこの方ですね…。もっと明るい着物でしたけど…。」
確かにその写真の女性でした。
「そうですか…。」
その男性は目を閉じました。
「どうしたんですが…。」
私はその男性に訪ねました。
「お客様は霊感がおありの方ですか…。」
その男性はそう言いました。
「ええ…少し。」
その男性はため息をついて、背もたれにもたれかかりました。
「この女将…。数か月前に自殺したんです。」
「は…。」
私はその男性の顔を見ました。
その男性が言うには、私の泊まる奥の部屋…。
つまり女将の住居部分で首を吊って亡くなったというのです。
「お客様が二人目なのですが、女将と挨拶を交わしたと言う
お客様が…。」
私は黙ってしまいました…。
女将が亡くなった後、その女将の娘さんが跡を継ぐ予定だ
そうですが、仕事の都合で、その月いっぱいは女将不在で
旅館を営業していると言ってました。
その後、風呂に入って、部屋に戻りました。
その暗い廊下を歩く気にはなれず、ロビーを通って部屋に
戻りました。
その日、いつ寝たか覚えてませんが…。
何事も無く、次の朝、宿を出ました。
しかし車の中から見た、見送りの旅館スタッフの中に、その
女将の顔もあった様な気がしてなりません…。
仕事が終わった後に、和装のまま、足袋だけを脱いで首を
吊ったそうです…。
だから、私があった女将は裸足だったんですね…。
TODAY'S BGM 「エソラ」 MR.CHILDREN