多数派と少数派 | ノーマライゼーション

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発達障害や精神障害(パーソナリティ障害)の、パッとみは定型発達や健常者とほとんど変わらない理解されにくい、一当事者の苦悩や体験や日常

最近、またまたご無沙汰していました。最近疲れやすくて、ちょっと何かをするとすぐ横にならないといけない
みたいな状態です。

この地球で、発達障害や精神障害といった、少数派として生きるという、それも人生の半ばまで定型発達や健常者という多数派として、生きることを余儀無くされていた。

高校時代、現代文で先生が人間はいつこの意味で、多数派から少数派になるかわからないと言われた。当時の自分は「それは、身体的に大怪我をするか
大病をするか」とその程度の認識しかもたなかった。(もちろんこれからの将来その可能性は否めないが)

少なくとも、自分の脳構造が発達障害という少数派で、支援を必要としていることを当時、いやはるか昔から気づいていれば、人生はもっと違ったのかもしれない。

でも、当時から無理解にさらされた。
殴られ、常にからかわれ虐められもした。そして、今は仕事をしても勤まらない。これも人生なのかもしれない。

前に、次に生まれるなら定型発達か発達障害かどちらがいいかときかれましたが、わかりませんというのが答えです。多数派、つまり定型発達であろう人たちが楽しそうに要領よく世の中を渡ってる姿をみて見る目が暖かかなればなと思う。

とりあえず、今は自分の人生に満足したいというのがベタながらのいいたいことですね。







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