徳明あやのです。


<わん!)
先日、ナチュラル系の友人が収入が減る一方だと気にしていて、ちょっとびっくりしました。
これまでの彼女を見ていると、かなり破天荒なお金の使い方をしていたので、てっきり仕事の収入など気にしなくてもやっていけるのかと……
いや、収支はかなりアンバランスだとは前々から思っていました。
というか、実際そう伝えたこともあります。
その子を見ていて、ふと思いました。
働く、仕事をする、お金を稼ぐ。
これらに必要な能力って色々あると思いますが、ものすごくざっくりと分けると
「技術(力)が先か」
「思いが先か」
というところに行き着く気がします。
どうしても成し遂げたい「何か」があって、けれども世間はそれに同意してくれない。
その「何か」を成し遂げたい思いは誰よりも強いのに、技術が伴わない。
その一方で、それほど大層な「何か」など何もないけれど、技術が高いもんだから、人を平気で騙して傷つけられるような仕事をする。
どちらも、そのまま進めば悲劇しか残りません。
そして、ちょっぴり悲しいことに、今の世の中って「技術さえあれば心なんてどうでも良い」みたいな勢力が強い気がします。
最近はその揺り返しで、随分心を大切にする考え方も浸透したようには思います。
けれども企業の末端で働いていると、特に大企業ともなれば、上層部はかつての
「技術さえあればやっていける」「お金さえあれば」「権威さえあれば」という
力に頼った考えを捨て切れていないなぁ、と感じる人や文化がまだまだ残っています。
冒頭の友人は、そんな力優位の世の中で長く苦しんできた人のひとりです。
その体験を人に伝えることで、多くの人を勇気づけられたら、と頑張っていますが、
その一方で、収入が減ることにやきもきする瞬間だってあるようです。
思い返せば、わたしが世の中で使われている多くの「力」について、散々学び続けてきたにも関わらず、
それらをほとんど使わないまま今でも不安定な働き方をしている理由はここにありました。
「力を手に入れても、心が伴わなければそれは多くの人を傷付ける凶器になる」
いくらノウハウやスキル、テクニックを学んだとしても、それを使う目的や心がズレていたら、
彼女のように苦しむ人間を、自分がやったことが原因で生み出してしまう。
時にはそれが、その人の人生すらも狂わせてしまう。
それだけ強力な力が、技術が、心を置き去りにしたまま、このインターネットの世界には無料で手に入る状態で溢れかえっています。
いつ頃からか、何となくそう気付いてしまいました。
だから、自分がこの「力」を使うなら、それに見合った「心」を手に入れてからにしよう。
力で誰かを助けられるように。
必要としている人に届けられるように。
いつの頃か、何となくそんな風に決めていました。
今がそのタイミングなのかは分かりませんが、
「身に付けた知識や技術を伝えていく」
そんなタイミングに来ているような気はします。
P.S.昔学んだところでは「まずは力を付けて、それから頑張って心を鍛えましょう」と教わりました。
が、そんなテクニック偏重なやり方は今後ますます通用しなくなります。
今の内に心を良くして、自分のやりたいことを真っ直ぐに見つめていく。
そんな生き方が「当たり前」の世の中が、もうすぐそこまでやってきていますよ
