流れゆく景色に -11ページ目

変わらないようで変わること

ちょっと前、いやよく考えるとだいぶ前に、久しぶりに会ったある友達と話していた時のこと。
 
いつもの如く場所は地元のファミレス。休日の昼間の数時間。
お互いに相変わらずな感じでありながら、今までと何かが違うことに気づきます。
 
なんか、前みたいに話のネタがないんですね。
学生の頃は、会えば近況も、思い出話も、最近考えてることも尽きなかったというのに。
 
いや、話のネタがないというより、話せるようなことがないというほうが正しいですかね。
 
お互い、まったく違う業種、職種ですから、仕事にかかわる話は避けようとします。
ところが、仕事以外のことを話そうとすると、最近のことでは特にどうということもなく、前に話したのと同じことばかり話してました。
 
 
でも、結局問題があるのは、自分なんでしょうね。
前に比べると、無意識のうちに、いろんなことにアンテナを張らなくなってる気がします。

それで、自分からネタを持ち出せなくなってる気がします。




時代に取り残された感のあること

車の中で音楽を聴く手段って、実はどういうのが一般的なのか、よく分かってなかったりします。


というより、そもそも手段が何種類ぐらい考えられるかがまずわからないんですが。


他の人の車に乗ってても、CDとはっきりわかるときもあれば、どうも違うようでよく分からないときもあったり。
数年前には珍しくなくても、今はほとんどの人がしてないこともあるかも。


車にどこまでの機能があるかにもよるんでしょうけどね。
僕と同じぐらいの世代って、車を持ってても2極化していて
単に移動手段と考えて金かけない(僕はこのタイプ)人もいれば
思いっきり設備も充実させる人もいますし。


あるいは、車以外にもどういうものを持ってるかにもよるんですかね。

やや大げさに書いてみるとすれば

狂ったかのように、何かを模索しだす・・・


この表現が適切かどうかは怪しいですが、時折自分に見られる行動。


僕は何がしたいのでしょうか?

僕は何が知りたいのでしょうか?

僕は何が欲しいのでしょうか?

僕は何を求めているのでしょうか?


少し冷静になって、客観的に自分を見たとき、

何かがおかしい、そんな気がすることがあります。


あれ?今の自分、どこか普通じゃない・・・


どこが普通じゃないのかはわかりません。

なんとなく、そんな気がするだけ。


「自分はどうあるべきか」意識してると、なんか気になるんですよね。

そこからかけ離れていく姿というのが。