こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。

 

舞台俳優のユニオンAEAが、少し前から乙な事を始めた…舞台公演のプロダクションによっては、集客に苦労していたり、あるいはプレスが劇評を書くために観劇する日に何とか客席を一杯にしておきたい…といった事情がある事がある…そういう時に、招待券をAEAのオンラインポータルを通してメンバーがアクセスできるようにする…というサービスを始めたのだ…実は、これまでも招待券をメンバーに配ったりしていたらしいが、それはわざわざAEAのオフィス間で行かねばならず、まさに知る人ぞ知る…というもので、実際私はそんなシステムの存在さえ知らなかった…しかし今はそれらの招待券の予約がオンラインでできるようになったというのだ?!

 

ただ、それはあくまでそういうチケットがリリースされた時だけで、しかも日時や席は選べないし、チケット代は無料だが、なぜかボックス手数料料は自己負担?!…という不思議なシステムなのだが、その公演の中には時々ブロードウェイの公演も混じっていたりする?!…つまり、ブロードウェイの芝居が、ボックス手数料10ドルほどで見られる…という、我々貧乏俳優にとっては実にありがたいシステムなのである…その代わり競争も激烈で、招待券がリリースされた時にすぐ予約しないと、あっという間にSold Outになってしまう

 

しかし先日、運よくブロードウェイの芝居の招待券を予約することができた…この「Home」という作品である…

 

 

そのチケットは、当日ボックスオフィスで引き取れ…とあるので、開演の40分くらい前にボックスオフィスに行く…そこで予約のメールを見せると、あっさりチケットをくれた…名前も聞かれなかったのだが、ええんかい?!

 

まだ開場していないはずだが、劇場のセキュリティの人達は、あっさり私を中に入れてくれる…そこでまずはトイレを借りることにした…その時、劇場を掃除していた人にトイレの位置を聞くと、「ラウンジ」だという…そこでエレベーターに乗ると、地下1Fにラウンジがあったので、まずそこへ直行…ただ入口にもラウンジにも全く人がいなかったのに少し不安を覚えたが、まだ早いせいか?!…とその地下から階段を上がって客席に移動する…と、何と中ではまだ舞台上で何やらやっている?!…つまり、まだ開場されていなかったのに、そこに私はいきなり乱入してしまったらしいのだ?!

 

すぐに係の人がさっと私の方に来て客席から外に出し、「まだ開場していないので5階のラウンジに行くように」と言う?!…5階にラウンジがあるなんて知らなかった!…そうか!あのお掃除の人が言っていた「ラウンジ」とは「5階のラウンジ」の事だったのだ?!…5階へ行くと、そこには広々としたラウンジが…

 

 

天井も美しい…

 

 

やがて開演30分前になると、係の人が「開場しました」と呼びに来てくれたので、今度こそ客席に移動する…席はなんと、オーケストラ席ではないか?!…ちなみに席に着くと、皆このプログラムと舞台の写真を撮るのだが、近くのプログラムを遠くの舞台を一緒に撮るのが実に難しい…何もしないと近くのプログラムに自動的にピントが合ってしまって、舞台がボケボケになるし、そうかといって遠くの舞台にピントを合わせると、今度はプログラムがボケる…

 

 

開場直後はガラガラだった客席も、開演間際にはほぼ埋まっていた…何や、客入っとるんやんか?!

またこういう招待券を出すときは、アンダースタディの登板なのか?…と思ったが、オリジナルのキャストである…という事は、これは単にこの劇団の好意だったのだろうか…

 

実はこの作品については、ほとんど何の予備知識もなく見に来てしまったのだが、これは実に素晴らしいプロダクションだった…

実はこれ、ノースカロライナのファーマーのMilesという黒人男性の半生を描いたなのだが、それを演じる俳優は3人だけ主人公のMilesを演じる黒人男優1人と、他に黒人女優2人で、この2人の女優さん達が40役ぐらいを取っ替え引っ替え演じる…のだが、この女性達が本当にすごかった…特にStori Ayersという女優さん…こう言っては何だが、一見でっぷりと太ったオバチャンなのだが、この人は爺さんから10代の小娘、アル中のオッチャンからセクシーな娼婦まで、瞬時に演じ分ける…しかもどれも実にリアルで、その人物像が瞬時に浮かぶ小道具や衣装は最小限の変化で、衣装に至ってはその最小限の変えさえない事もある…にも関わらず、信じられないくらい沢山の役がどれもはっきりと違い、それもどれとして同じものがない?!…それも「俳優がその役を演じようとしている」のではなく、声や表情、体の動きなどが瞬時に変わり、その役しか見えてこない?!…これは実は本当にすごい事なのだ…

普通、女性が男性を演じると、どうしても「宝塚」っぽくなったりするのだが、彼女の場合はどう見てもオッサンにしか見えない信じられないくらい声域も芸域も広いのだ…こういう人を「Versatile(多芸多才)」というのだなぁ…と、そのブロードウェイの底力を思い知る…

 

もう一人の女優さんは少し若く、老け役はやや「頑張って演技してます」という感じではあるのだが、彼女の歌うゴスペルが、これがまたものすごく心に響く

 

そして主人公Milesを演じる男優さん…さっきも言ったように、この作品は「詩」なので、とにかく全編1時間半程、この3人がものすごい速さで喋りまくる…が、それらの語られる内容が、聞くものにもありありと浮かぶ…まさに演劇の原点、Storytelling(物語り)の真髄がここにある…

以前「語り」の力についてお話ししたが(過去記事参照)、あれは映画だったので、話している内容をまだ映像で示していたりするのだが、この舞台ではまさに喋りだけで勝負?!…その話術に観客はグイグイ引き込まれ、時には笑わせ…と思ったら、足をすくわれて号泣…しかもあれだけ早いペースで喋りまくっているのに、この滑舌の良さはどうだろう?!…というか、一体いつ息継ぎしてる?!…そしてその信じられない程の早いペースであるにも関わらず、ピタリと息の揃った完璧なアンサンブル…まさに「お見事!」の一言に尽きる

 

終演後のカーテンコールは、文句なしのスタンディングオベーション…オーケストラ席は普通は立ち上がらないものだが、この日は皆申し合わせたように一斉に立ち上がった…

 

その後、プロデューサーを交えてのQ&Aのイベントもあり、私もそのまま残って参加する…これも実に興味深いものだった…

 

この「Home」Roundabout Theatre Companyによる、「過去に高い評価を受けながら一度も再演されていない作品に焦点を当てる」シリーズの最初のものだという…Samm-Art Williams作のこの作品の初演は1979年で、その年のトニー賞にもノミネートされた作品だが、驚くべき事に、その当時のまま上演しているのに、全く古さを感じない?!…40年近く経てばどこか現代に合うように変えなければならない部分があってもおかしくないのだが、これは舞台設定こそ70年代だが、「つい最近書かれた新作です。」と言われても気が付かないほど感覚が新しい…それはある意味、そこで語られる、ごく平凡な黒人男性の抱える問題が当時とほとんど変わっていない…ということでもあるのだが、やはりその作品が深くリアリティと人間性に根差したものであるからだろう…

 

考えてみたら、ブロードウェイでストレートプレイを見るのも、実に久しぶりで、やはりいい作品を見るというのは実に幸せなものだ…改めてAEAの粋な計らいに感謝したい…

 

 

★過去記事★