こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。

 

無事ドレスリハーサルも終わり、腹ごしらえも済んだ(過去記事参照)ので、劇場に戻る…ロビーには、お客さんを迎える準備が着々と進んでいた…

 

 

実はドレスリハーサルの様子を、キャストの1人がビデオに撮っていた…実はこれはユニオンは禁止しているユニオンメンバーの肖像権を守るためだと言うが、そもそもこの禁止事項は、まだ画像の粗いビデオテープ時代の名残で、デジタル主流の今日では時代遅れなルールなのだが、なぜか今も残っている…しかしその当のユニオンメンバー全員の同意があれば、いいことにしよう…と言うような暗黙の了解があるので、今回もこっそり客席からの撮影となったわけである…

 

そのビデオを、私の共演者達は、何と本番前に見るという?!…まぁ、私も見たいとは言ったが、それは終わってからの反省会的なもので、今見て幻滅するのはいかがなものか…などと軟弱な事を考えていたが、他のキャストの2人はプロの目で真剣にビデオを見る…そこで私も勇気を振り絞って現実を直視する事にした…最初はそのビデオを「わーっ、発音下手!」と言うような素人っぽい自意識で見ていたが、その内とんでもない事に気がついた…デリケートなメゾピアノで歌う部分の、複数で歌うところはまだしも、ソロのところがほとんど聞こえない?!…このカメラは1階席にあったのに聞こえない…という事は、バルコニーには絶対に聞こえないではないか?!

 

その聞こえない音域は、実は中低音部私の一番苦手な音域である…と言うのも、私は元来メゾソプラノなので、ソプラノ音域に関してはそれなりにトレーニングも積んでいる…ところが、私がキャストされるオバチャン&婆さんキャラは大体アルト…つまり中低音の音域なのだが、この音域に関しては、実は私はほとんどトレーニングされていないので、いつもヒヤヒヤしながら歌っているのである…幸か不幸か私は声域だけは無駄に広いので、思いっきり低い音域は迷わず胸声で歌うが、困るのが中低音域…頭声には弱すぎ、胸声だと強すぎる…その辺りを上手くブレンドさせるのが実は苦手だったので、「繊細なメゾピアノ」と言う演出だったのもあり、ずっと頭声を使っていた…が、それでは全く聞こえない事が判明

 

プロのオペラ歌手なら、ピアニッシモでもバルコニーに届かせる…と言うが、そんな技術は私にはもとより無い…しかし、ボーカルが弱くてストーリー上のキーになる歌の歌詞が全く聞こえないと言うことは、お客さんには何が起こっているかもわからないではないか?!

 

しかし技術的な事は、今はどうにもならない…ならば、今できる解決法を探さねばならない…

そこでこの中低音部分は全て胸声にし、多少粗くてもRaw Emotion(生の感情)で勝負する事にした…実はこれは技術が追いつかない時の私の奥の手で、実は以前も使った事がある…(過去記事参照)

私は役者として雇われているのだ…だったら、多少音楽的な美しさを犠牲にしても、そのキャラクターの生の感情を確実に観客に伝える方向でいこう

 

もっとも、こんな風にリハーサルでやっていない方法を本番でいきなり使うのは、実はルール違反である…しかし、いかんせん今回はそのリハーサルの時間があまりにも短過ぎた

そして結果的に、私のこの直前の変更は正解だった…胸声発生は、話す時の発生により近いので、会話の部分とも繋げやすいし、感情も乗せやすい…また幸いにも、声がひっくり返るような事故もなかった…

 

しかし、舞台袖で、自分達の順番を待っている時、突然心臓がバクバクし出すのを感じる…えっ?私緊張してる?!…自分にそんな初々しい部分が残っている事にも驚いたが、やはり歌をはじめ、今回は不安要素が多すぎる…それでも容赦なく開始時間となった…

 

そのミュージカルのタイトル「The Pearl of the East(東洋の真珠)」というのは、「香港」の事で、設定は2019年、中国政府が香港の民主主義を制限する法案を通そうとした事に、香港で大反対デモが起こっていた時の話である…この時、多くの香港の住人がイギリスなどに亡命する決意をし、Judy婆ちゃん(これが私)の娘夫婦もイギリスに移住する…その前日、孫娘がイギリスに発つ前に、お気に入りの昔話…Judyが本国中国から当時イギリス領であった香港に密航した話を聞かせてほしいと頼む…その時、不機嫌なJudyに孫娘のAmyは「そんな不機嫌な顔してると、ただでさえ多い顔の皺がもっと増えるよ」と憎まれ口を叩く…演出では「婆さんに皺があるのは当たり前だからクールに流せ」と言われていたが、私はここで少しギョッとし、こっそり顔の皺を伸ばすエクササイズなどする…と、客席からドッと笑いが起きた…そしてこの笑いに私の関西DNAは嬉しくなり、その瞬間から緊張もなくなり、自分のペースを取り戻した

 

そこでJudyは話し始める…1960年代、文化革命真っ只中の中国…人々は飢え、衣服もなく、未来への希望を失っていたその時、「香港」の事を聞く…そこには食物も溢れ、光り輝き、人々は自由を謳歌している希望の街…その香港への夢が語られるこのテーマソングは、実は一番長く、私にとっては結構大変な歌だったが、何とか最後まで歌い終わる…と、客席から拍手が起こったので、それを少し待ち、そのまま次のシーンに続けようと話し始めた…のに、何とまだ拍手は止まず、あまつさえ拍手はもっと大きくなっていく?!…これには私も驚いて、思わず喋るのをやめてしまった…正直のところ、ここまで長い拍手をもらったのは初めてだった

 

拍手がようやく収まったので、次のシーンに繋げる芝居を続ける…そこでJudyは香港に行くお金を貯めるために、縫製工場で働く…1日12時間労働、休みなしで3ヶ月ぶっ通しで働き、最後の日に給料をもらいに上司のところへ行くと、いきなりそこでセクハラに遭う…しかし彼女は「Stand it, one more minute…(後1分我慢しよう)」と耐えようとするのだ…このリアリティが泣かせるが、やがて我慢できなくなって拒絶すると、そのセクハラ上司に引っ叩かれ、罵られる…そこで彼女はブチ切れ、その上司のキ○○マを蹴り上げ、そこにあった有金をごっそり盗んで逃げる…その時私が「I took more than I shoud.(ちょっと多めに取ったけどね。)」としれっと歌うと、客席からまたどっと笑いが起こった…

 

本来ならその後に、香港に到着する時の希望に満ちた歌が続く…はずだったが、この歌は時間の都合でカット…実はこの歌はリズムも変則的でキーチェンジも多い、非常に野心的な音楽だったので、歌うのも大変で結構時間をかけて覚えたのだが…でも、実は1曲目と似たようなテーマなので、カットされた方が良かったかもしれない…

 

そこでめでたしめでたし…と話を終えようとするJudy婆ちゃんに、Amyは香港に向かうボートの事も話せと食いさがる…そこでJudy婆ちゃんは話し始めるが、これが実に悲惨な話である…

 

その密航のボートが香港の領海に入る時、ボートが揺れて赤ん坊が目を覚まし、泣き始める…それはJudyの幼い弟だったが、どんなに宥めても赤ちゃんはギャン泣きをやめず、その声はどんどん大きくなる…しかしそれを国境警備隊に聞かれると全員射殺される…その時、遠くに灯りが点き、どうやら気付かれた様子?!…そこで赤ん坊を海に沈める決定が下される…この時、キーチェンジの後のララバイの旋律が、これが実に美しく悲しい…そして若い頃のJudyは「来世で会いましょう」と、赤ん坊をボートの外…の客席に落とす…これはお客さんにも衝撃的だったろうが、実際にそれを目にする出演者の私達にも中々衝撃的で、「そんな、ホンマに落とすの?!」と思わず涙がブワッ…しかし、ここからが問題である…芝居なら泣きながらでも喋れるが、歌はそうはいかないのだ下腹に力を入れ、必死で喉を開き、声が震えない様にして、最後の箇所を歌う…そして暗転するや否や、客席から大きな拍手が起こる…

 

カーテンコールの為に袖にいなければならないので、そのまま袖から最後の作品を観たが、これは大ラスに相応しい、楽しく派手なコメディだったので、心から爆笑…

考えてみたら、救いのないガチの悲劇は我々のグループだけだったから、この最後から2番目という順番に納得できた…初っ端にこれが来たら、お客さん帰るで~!

 

カーテンコールは今度は最後から順番に出ていくので、我々は2番目…私達が真ん中に出てお辞儀すると、一際拍手が大きくなり、その時立ち上がってスタンディング・オベーションをくれる人達も大勢?!…これは私だけに向けられたものではないものの、少なくとも私達のミュージカルを気に入ってくれた人達がこんなにもいた…という事に、思わず泣きそうになった…

この瞬間、これまでの苦労やパニック、ツッコミ満載の日々が、全て報われた様な気がする…これこそがライブパフォーマンスの醍醐味である…

 

 

ステージマネージャーが袖からの写真を撮ってくれた…左の人影は出を待っているキャストの一人…

 

 

★過去記事★