こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。

 

有名な歴史の出来事の陰には、なぜかその功績を一切認められないまま、手柄は誰かに取られたまま、埋もれてしまった人がいたりする…

 

 

このBayard Rustinもその一人で、実は私も彼のことは全く知らなかった…しかし、Martin Luther King, Jr.の公民権運動の成功は、実はこのRustinの功労無しにはあり得なかった…のみならず、実際、ワシントンDCへの非暴力のマーチを助言したのは、他ならぬRustin その人だったのだと言う?!

 

また大勢の人を動かすイベントを成功させるには、それがしっかりオーガナイズされている必要がある…つまり一に段取り、二に段取り…その詰めが甘いと、小さな事からトラブルが起こり、そのイベント自体も崩壊してしまったりするので、この段取りをしっかりできる人の存在と、その人がきちんと指示できる立場にいる…という事が大切である…

 

そういう意味ではRustinは、オーガナイザーとしては一流だった…そもそも、政治的な集会に人を集める…というのは、並大抵のことではない…それを、そのワシントンDCの集会には、最初10万人を集める!という計画だったのだ…彼はまず全米の労働者のユニオンや、すでにきちんとオーガナイズされている市民運動グループのリーダー達と提携し、参加を呼びかける…この他団体との協力というのは実はとっても重要で、事実、去年のSAG-AFTRAのストライキの時も、脚本家のユニオンWGAや舞台のユニオンAEA 、その他各州の普通の労働のユニオンの人達も、SAGをサポートして集まってくれたのが大きかった…特定の地域で、自分達だけでやるよりも、他の似たような団体と一緒にやれば、それだけ関心を集める事ができるし、すでにストなどをオーガナイズし慣れているユニオンは、一緒にやっても問題が少ない…という利点もある…

そのワシントンDCへのマーチは大成功で当初の予定より遥かに多い、25万人の人々が集まった…この時のKing牧師の「I have a dream」というスピーチが有名だが、この映画ではそのスピーチの「我々はついに自由になる!」という最後の部分だけが出てくる…そして、このマーチの後、黒人公民権は連邦の法律で正式に承認され、人種差別の法律ジム・クロウはようやく撤廃された

 

もっとも、実はこの黒人の公民権運動には、男女同権を訴える女性達のフェミニスト団体や、同性愛者の結婚などの同権を訴えるLGBTQ団体は、敢えて含まなかったどうせなら「全ての人に平等な権利を!」と皆で一緒に頑張ればいいのに?!…と思うのだが、どうもそうはならなかった様である…それは黒人への公民権を支持する人の中にも、「人種差別はやめて欲しいが、ホモの連中や女達がのさばるのは困る…」と思っている人がいたわけで、差別というものは本当に複雑なものであるのがここでもわかる…結局女性の同権にはさらに20年LGBTQへの同権は21世紀まで待たねばならなかった…

 

この公民権運動の主戦力となったのは、大学生達などの若者達で、そこには大勢の白人達も参加している…世の中を変えるには、やはり理想に燃えた若い力が必要なのだ…Ruatinはそういった若者達に、メンターとして、具体的に何をどうするべきかを教え、きっちり指示を与えると共に、その若者達が自由に意見やアイディアを出し合える環境を作りいいアイディアはどんどん採用する市民運動というのは、そういう教育と実習によって育てられていくものなのだ…若者の自発的な行動を待っているだけでは不十分である…

日本に市民運動の活動がイマイチなのは、このメンターの存在の不足も原因の1つではないか?!…という気もしないでもない…

 

ここから先はネタバレ警告

 

まぁ、事実を元にした伝記物なので、ネタバレも何もあったものではないのだが、Bayard Rustinが、公民権運動の功労者メンバーとして無視され続けてきたのは、おそらく彼がホモセクシャルであり、それを隠そうともしなかったからである…

彼の死後2013年に、オバマ大統領がPresidential Medal of Freedom(自由勲章)を彼に与えたこの最高の栄誉で、歴史に埋もれていた彼の功績を正式に称えたわけである…

ちなみに、実はこの映画のエグゼクティブ・プロデューサーは、なんとそのオバマ元大統領夫妻である…実際、オバマ元大統領が映画の導入として、Bayard Rustinという人について簡潔に説明していたりするのだが、それだけに、これは歴史教材としても使えるぐらい、しっかりリサーチされているのではないか…という気がする…

 

まず何と言っても、そのRustin役のColman Domingoが、素晴らしい…彼はこの役で、オスカーとSAG Awardsの両方の主演男優賞にノミネートされているのだが、受賞しても全く驚かない…かなり特異なキャラクターだが、繊細で人間味に溢れ、その弱さも含めて実に魅力的なのだ…また、実は彼自身もゲイで、同性愛者がまだそれを隠さねばならなかった時代を知っている世代である…この苦労は本当に当事者にしかわからないものだろう…実際彼(女)等が、安心して公言できる様になったのは、ニューヨークでも同性婚が合法になってから…つまりごく最近の事で、それまでは、公言している人もいるにはいたが、その大半の人達はそれを隠し続けていたのだから、本当に気の毒な話である…いや、現在でもロシアの様に、同性愛者当人のみならず、それをサポートする人も刑務所に入れられてしまう…という国が、この21世紀にもまだ存在するし、日本ではまだ同性婚は違法である

 

また他のキャストにはブロードウェイのベテラン舞台俳優がぞろぞろ出ていて、この人達のアンサンブルはぞくぞくするほど見事なのである…舞台の大ベテランGlynn Truman、ブロードウェイの大スターAudra McDonald…実は出番は少ないのだが、その存在感が半端ない

自分の台詞や表情で「相手を動かす」というのが舞台の演技の基本だが、これがこの映画のあちこちで見られるのだ…自分の心の中が動いているだけでは十分ではない…相手を動かす演技と、その相手によって深く動かされた演技…そこには「この瞬間だけの何か」が確実に起こっている…これも舞台ではよく目撃される事だが、ロングカットでないと無理なので、映画でこれが見られる…というのは、やはりすごい事だと思う…

 

実は、この映画の撮影が始まる前に、2週間半ほど、俳優と監督だけ…つまり演技だけのリハーサルが行われたのだそうだ…これも舞台の作り方と一緒である…そしてその監督は、George C. Wolf…前にもお話しした「Ma Rainey's Black Bottom」過去記事参照)の監督でもあり、この「Ma Rainey's」には、実はColman DomingoもGlynn Trumanも出演している

また、ワシントンDCのマーチで、ゴスペルの女王Mahalia Jackson役を演じたのは、先日お話しした「The Holdovers」過去記事参照)のDa'Vine Joy Randolphで、彼女も助演女優賞候補…さらに、頑固で保守的な政治家Adam Powellを演じたJeffrey Wrightも、「American Fiction」過去記事参照)で主演男優賞候補…と、無茶苦茶豪華なキャストではないか?!

 

伝記物というと、その元の本人に似ているかどうか…というのが話題になるが、博物館の再現ドラマではないのだ…大事なのは「その魂を演じる事」と、Colman Domingoも言っていたが、まさにその通りで、まさしくこれは人間のドラマである…その映画でも結構号泣したが、実は、その後のQ&Aが、これまた実に感動的だった…

 

*右がColman Domingo

 

彼のシェアするキャリア上の苦難の物語は、レベルの違いこそあれ、同じマイノリティの俳優として、今まさに私も直面しているもの…もう涙なしには聞かれへん…てな感じだったが、素顔のDomingo氏が、これまた実に謙虚で素敵な人なのだ…あぁ、この人と一緒に仕事したいなぁ~!と誰もが思わされる…

 

チェックインした時に、Netflixの雑誌「Queue」をお土産に貰う…かなりの上質紙を使った、結構金のかかったしっかりした作りの雑誌…というより、小冊子?!…実は最初荷物になるから、いらんわ…と思ったが、表紙がColman Domingo?!…これは勿論頂きます!

 

 

Netflixオリジナルの「Rustin」…アメリカの現代史に詳しくなくても、十分楽しめるし、何よりここまで豪華な演技陣の共演が見られる映画は、そんなにないので、是非お勧めしたい作品である。

 

 

★過去記事★