こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

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遅ればせながら、この映画を見た…

 

 

この夏「Barbie」(過去記事参照)と共に一世を風靡した「Oppenheimer」だが、先日のゴールデングローブ賞でも、ドラマ映画部門他、主演&助演男優賞をダブル受賞…実はこの映画には、日本人としてはやや複雑な思いがあったのだが、やはりこれは見ておかなければ…と、見に行った…そして結果的に、見て良かったと心から思う

 

これが「原爆の父」と言われたJ・ロバート・オッペンハイマーの伝記である事は知っていたが、実は見る前は、その原爆製作の過程やその成功を褒め称えるヒーローもの?!…てな偏見を抱いていた…実際、そう思い込んで見ないで嫌っている日本人も結構多いのではないか?!

 

また上映時間3時間…という長さにも、いささか覚悟が必要だった…まぁ、長くても面白ければいいのだが、何十分も延々何も起こらない映像が続き、「このシーン、本当に要る?!」と言いたくなるような、こちらの忍耐心を試しているようなものもあったりするからだ…

しかし、この映画に関しては、その心配は無用だった…どころか、最初から最後まで一刻も目が離せないまま、まさにあっという間…これだけ長い時間、しかもすでに何が起こるかはほとんどわかっているにも関わらず(実際原爆は無事作られ、2度も使用されているのだ!)、ずっと緊迫感を維持できる…というのは、中々すごい事である…

また、映画は過去と現在を結構忙しく行ったり来たりするし、どれも後から「ああ、そうか!」というような重要な伏線を含んだシーンだったりするので中々気が抜けない…またいずれも白人の男ばっかり出てくるから、混乱するかな…と思ったりもしたが、Christopher Nolanは意図的に主要キャラには有名人を起用し、観客が混乱しないようにしてくれている?!

 

またそれぞれの演技陣も素晴らしい…ゴールデングローブ主演男優賞を得たCillian Murphy(オッペンハイマー)の、ものすごく抑えの効いた繊細な表現は、それでも彼の感じている事や苦悩が観客にははっきり分かる…またさらに印象深かったのが、Robert Downey Jr.(ストラウス)で「この人こんな芝居もできるんや?!」と驚いたのは私だけではなかったのだろう…彼はこの役でゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞している…これ、カテゴリーの関係で「主演」「助演」と言っているが、この「Oppenheimer」は、実はこのオッペンハイマーとストラウスの2人による「科学と政治の物語」…と言っても過言ではない…

 

(ここから先はネタバレ警告)

 

時系列的には、オッペンハイマーの学生時代から、マンハッタン・プロジェクトを主導した第二次世界大戦中、そして戦後共産党員疑惑でブラックリストに入れられ、それが無効にされるまで…なのだが、その過去と現在を目まぐるしく行ったり来たりする…が、カラーの部分がオッペンハイマーの視点白黒がストラウスの視点…とみてまず間違いはない…(一部両方の視点が混じっていたりもするのだが…)

 

マンハッタン・プロジェクトは、元はドイツに対抗するためのものだった…というのも、原爆の研究は最初ドイツの方がやや優勢だったので、ナチスドイツより先に原爆を作らなければ!…というのがその発端だった訳である…そのプロジェクトの総責任者となったのが、オッペンハイマー…彼は全米と、ヨーロッパの大学にいた時の人脈と、またその頃ヨーロッパで反ユダヤ主義で苦労していたユダヤ人の科学者達(彼自身もユダヤ系アメリカ人)をどんどんアメリカに呼び、弟が牧場を持っていたニューメキシコにそのマンハッタン・プロジェクトの拠点を置き、原爆製造の研究を重ねていった

 

その内困った事態が発生する…マンハッタン・プロジェクトは予想外に時間が掛かり、原爆が完成しない内にドイツが降伏してしまったのだ…そこで原爆の投下地点は唯一残っていた「日本」と定められる…が、(これは映画にははっきり出てこないものの)実はその頃日本はすでに必死で終戦への道を探っていた…ところが間抜けな事に、日本はロシアにその調停を頼もうとしていたのだ?!…日露協定を頼みにしていたのだが、勿論ロシアはすでに英米中の連合軍とグルである…だからアメリカ政府も、日本が降伏するのは時間の問題だと知っていたのだが、何と日本が降伏する前に、何としても原爆を完成させる様に科学者達を急かすのだ?!…実はこれは本当の事で、この事からも「原爆は戦争を終結させる為」というのが大嘘であったのがわかる…

またマンハッタン・プロジェクトに携わっていた科学者達の中からも「ドイツは降伏したし、日本に原爆を落とす必要はないのでは?」と反対する者も現れる…これも事実で、もっとも実際は1400名程が署名嘆願を送ったらしいが、映画では集会で意見を表明している…その科学者達をオッペンハイマーは必死に説得するのだ…何と言ってもマンハッタン・プロジェクトは全世界から4000人の科学者を集め、3年という歳月と20億ドルという莫大な国家予算を費やした巨大プロジェクトである…それをルーズベルト大統領から引き継いだトゥルーマン大統領は、何としても「結果」を出さなければ国民に示しが付かない…またオッペンハイマーにしても、ここまで進めてきたプロジェクトなのだから、何とも完成させたいし、また科学者としても結果を見届けたい思いもあったのだろう…

 

かくして原爆は無事(?)完成し、いよいよその第1号Trinityの実験がニューメキシコで行われる…その前夜の暴風雨に、本当に実験出来るのか?!…とドキドキハラハラさせられる…勿論実験は成功するのはわかっているのだが…

 

そしてカウントダウンの後いよいよボタンが押される…まず真っ白な閃光…その時世界から音が消え、無音になる…それまで秒を刻む様な緊迫感あふれるサウンドトラックが絶えず流れていただけに、その沈黙の不気味なこと…そして数秒後、ドーンという爆発音が起こり、あの特徴あるキノコ雲が沸き起こる…それを見て涙が止まらなかった私はやはり日本人である…この後に何が起こるか分かっているからだ

 

しかし科学者達はただその実験の成功を無邪気に喜ぶ…勿論オッペンハイマーも…しかし、その実験が終わってしまうと、完成した2個の原爆は軍に渡され、もはや彼の手を離れてしまう…ちなみに映画では原爆は2つの木箱に入れられて、ゴトゴトトラックで運ばれたりしており、「途中で爆発したらどうすんねん?!」と突っ込みたくなるが、実際は分解された状態で輸送され、離陸直前に組立られたそうである…

 

かくして原爆は2つ共日本に投下される…それについて日本サイドの描写がない事を批判されたりしているが、これはオッペンハイマーからの視点だから、彼がそれを見る事がないのは当然である…私はむしろチャチな特殊メイクや下手な映像描写を見せられるくらいなら、その事実の重みだけを伝える、このNolanの選択の方が余程効果的だと思う…

 

そして戦争が終結し、マンハッタン計画の科学者達を前に、勝利スピーチをしている時、突如オッペンハイマーの脳裏に、もしここに原爆が落とされたら?!…というイメージがありありと浮かぶ…この苦楽を共にした人々が、あの白光の下に晒されたら…彼の想像の中でその目の前にいる若い女性の顔に皮膚がみるみる溶け出す…(ちなみにこの女性を演じるのは、Nolan監督の実の娘だったりする…)

その時、オッペンハイマーは自分が作り出したもの…それが引き起こす事の意味をはっきり自覚する…そして自分の手が血塗られたものである事を…そして、その後に彼は原爆の被害状況についてのニュースリールを見る…その映像は見せられる事はないが、彼の表情を見ているだけで、それがどういうものか、そしてそれに対して彼がどう感じているかは一目瞭然…そこからが彼の苦悩の始まりで、事実彼はその後水爆の開発に反対を唱え続けるのだ…

 

そして水爆開発に反対するオッペンハイマーを、その政治的意図と個人的な恨みから「共産党員」の汚名を着せて葬り去ろうとするのがストラウス…このほとんど詐欺やん?!…というような公聴会のやりとりも見どころの一つだが、閉ざされた部屋の中で行われる事に、ターゲットにされた方はなすすべもないマッカーシズム最中には、こういう怖い事が結構行われていたのだろうな…という、アメリカ黒歴史を垣間見させられる…

 

3時間一度もダレる事なく…どころか、盛り沢山に様々な要素がみっちり詰まった、実に重厚な作品である…おそらく、言ってみればオスカー好みの作品とも言えるかもしれない…

 

この映画の元本にタイトルは「American Prometheus」ギリシャ神話のプロメテウスは、天から火を盗んで人類に与えた罪で、苦難を強いられる罰を受ける…オッペンハイマーは、核エネルギーという「火」を人類に与えた事で、精神的な苦悩を一生背負うことになる…同じ苦悩を背負うアインシュタインとの短いシーンも印象深い…

冒頭の水面に起こる波紋は、後に核戦争のチェーンリアクションのイメージと重なるのだが、このイメージが彼の心の中から消える事はなかったに違いない…そしてその恐怖は現在も進行中のものであることを、我々は忘れてはならない

 

 

★過去記事★