こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。

 

この夏一世を風靡したこの映画を、遅ればせながら、ようやく見る機会に恵まれた…

 

 

実は、この映画は最初、半寝ぼけの飛行機の中で見たのだが、今回スクリーニングの大画面で見て、前回見逃した部分が随分あったのに気がついた…

 

実はこの映画は、ガチのフェミニズム映画なのである…という事が、男女差別の壁と長年戦ってきた女性達にはすぐにピンときて、その心に深く刺さる…しかし、そのフェミニズムの部分が体験的に理解できない人や、あるいはそのメッセージを見逃した人は、はっきり言って何のことかわからない、単なるノーテンキなメルヘン映画だと勘違いしてしまうだろう…そういう意味では、この「Barbie」は、そうしたフェミニズムについて学ぶ、いわばフェミニズム101(基本講座)とも言えるかもしれない…

 

Barbie Landでは、Barbie(女性)達が主導権を持ち、医者、裁判官から大統領や消防士に至るまで、彼女等は何にでもなれる…しかしKen(男性)達は、単に「バービーのボーイフレンド」というだけの存在で、バービーに注目されている時だけ存在価値を持つ…というこの設定が、人間の世界のリバースである事はすぐわかる…男性は何にでもなれるが、女性はその男性の妻か恋人というだけの存在で、夫や彼氏に注目されている時だけ存在価値を持つ…」といった時代は、そんなに昔の事ではないのだ…

 

ここから先はネタバレ警告

 

そんなBarbie(Margot Robbie)にある日異変が起こる…その原因究明と問題解決の為、バービーは人間界に乗り出すのだが、その時にKen(Ryan Gosling)もついてきてしまう…その時ケンは、人間の世界では、何と男が主導権を握るPatriarchy(家父長制)である事を知り、それをBarbie Landにも持ち込もうとする…その家父長制を、ケンは男であるだけで優先される事だと解釈する…これは実際の男尊女卑の社会への皮肉でもあるが、同時に、フェミニズムという新しい考えが導入された初期の時代の「能力や資格などなくとも、女であるだけで優先されるべき」という勘違いへの痛烈な批判でもある…

 

一方、人間界へやってきたバービーは人間達と出会う…そこでバス停で隣に座った老女をしげしげと見て「You`re beautiful!」と言う…さながら私達がアフリカ原野でゾウやシマウマを直に見て、その美しさに打たれるように…それもそのはず、Barbie Landには老人はいない…バービーはその日初めて老人というものを見たのだ…そしてそのバービーのコメントに対して、そのお婆さんは「I know.」とサラリと言ってのける…短いが、非常に印象に残るシーンである…

 

ちなみに、この老女を演じたのはアカデミー賞受賞者のコスチューム・デザイナーAnn Rothで、御歳91歳…このプロダクションではコスチュームデザイン担当ではないが、彼女は今もバリバリの現役である…実はこのシーンを、Studio側はカットしろと言ったらしいが、監督のGreta Gerwigは断固そのシーンを守り抜いた…その理由は、映画全編のテーマから見ても明らか…そのお婆さんの美しさは、厳しい世界を生き延びたサバイバーの美しさでもあるからだ

 

異変の原因を突き止め、Barbie Landに戻ると、そこはケンによって、男性優位な世界へと変わり、バービー(女性)達は、ケン(男性)の世話をする事が幸せだと洗脳されてしまっている…というのもバービー達は自分に対する自信を失ってしまったからだ…

自分は何も出来ないし、可愛くもない…」と泣くバービーは、スッピンのノーメイク…しかしスッピンでも美しいMargot Robbieでは説得力ないなぁ…という観客のツッコミを、すかさずナレーター(声:Helen Mirren)が代弁する

それに対して、バービーの元オーナーであるGloriaの長台詞がこれまた秀逸である…実際、女性達は不可能に近い完璧さを常に求められている…そしてその水準に達する事ができない場合は容赦なく批判の対象となる…しかしその批判を避けるのもまた不可能に近い…美しくなければならないが、男性を誘惑したり、女性達の反感を買うほど美しくあってはならない…痩せていなければならないが、「痩せたい」などと言ってはならず、「健康でありたい」と言わねばならないのだが、それは実質的には痩せている事である…いい上司にならなければならないが、厳しすぎてはならない…お金を稼ぐのは大事だが、昇給を要求するのは下品である…良き母であり、キャリアも持たねばならないが、同時に他の人達の世話もしなけれならない…そしてそれらがうまくいかない時は、いつも責められるのは女性であるまさに女性なら誰しも「あるあるある!」と膝を叩きたくなる事のオンパレードで、おそらくここに羅列された葛藤やジレンマを全く経験した事のない女性はいない…が、実は案外男性陣にはあまりピンとこないかもしれないあまりに不合理で、現実の事とは思えないからだろう…が、もし疑うなら、身近な女性達に聞いてみるといい…おそらく「何を今更」と言われるだろう…

 

このGloriaを演じたAmerica Ferreraが、この日のQ&Aに登場…その長台詞のシーンの撮影では、何十回もその長台詞を言ったという…

 

 

それらの女性達が直面する不合理や困難を認識することで、バービー達の洗脳が解ける…そしてバービー達の反撃が始まるのだが、これがまた男性達のウザさ(=弱さ)を見事についた作戦なのが笑える…

 

一方、人間界のリバースの世界でもあるBarbie Landで、初めて一時的に主導権を握ったケン達はある意味マイノリティの代弁者でもある…これまで常に「Barbie & Ken」という形であくまでバービーの付属物でしかなかったケンだが、自分はバービーなしでも存在できる独立した存在でもある…と、Ryan Goslingの歌う「I’m just Ken!」は、ギャグすれすれではあるが、不思議と心を打つ…ちなみにこのRyan Gosling、実は私は個人的にはそれまでそんなにファンではなかったのだが、今回彼はこのケン役でオスカー候補になるかも…という気がする…一歩間違えば単なるギャグになりかねない役なのだが、そこに不思議なリアリティとある種の人間性を持ち込んだ点を大いに評価したい…また彼は10キロ減量してこの完璧な「ビーチボディ」を作り上げたそうである…眼福眼福

 

敗北感に打ちひしがれたケンに、バービーは「肩書きではなく、本当の自分を見つける」ように言う…そして改めて自分と向き合ったケンが着ているシャツのロゴに書かれているのが「I’m Kenough」…これはフェミニズムの自己肯定スローガンI’m enough.(私は私であるだけで十分だ。)」に「Ken」をかけたギャグだが、この手の遊び心がこの映画には随所に見られるのも楽しい…

 

Barbie Landは元に戻った…しかしバービーは歳を取ることもなく毎日「幸せ」に暮らすBarbieとしての人生より、よりInteresting(興味深い)な人間としての人生を選び、「誰かの想像の世界に生きるより、それを作り出す側になりたい。」と言う…そうして人間になったバービーが訪れたのは婦人科女性というのは「作り出す」性でもある…また、母娘関係や母親の姿も、この映画の随所に出てくる重要なモチーフである事も指摘しておきたい…

 

ちなみに、そのバービーを演じるMargot Robbieは、実はこの映画「Barbie」のプロデューサー…まさに作り出す側のトップである…

また、着飾った人形のようなキャラだけではなく、より複雑で興味深い人間を演じたい…と言うのは、実は多くの女優達の悲願でもある…

 

もしそのフェミニズムのメッセージに気が付かなかった方は、それを踏まえてもう一度見てみると、きっと多くの発見があると思う…若い人にも是非見てほしいが、実はその面白さを本当に理解して号泣するのは、実際にそれらをくぐり抜けてきた、我々オバチャン世代の女性達かもしれない