おはようございます。ブリスベンの直美Leeです。

 

 

 

 

以前、シリーズで書いていたこちらのテーマですが、実は一旦解決していたんです。コーチングで。

 

 

とうとう出た人生最大のお化け><

https://ameblo.jp/newyo/entry-12506517606.html

 

とうとう出た人生最大のお化け><②

https://ameblo.jp/newyo/entry-12509271521.html

 

 

 

コーチングをしてくださった方はとても素敵な方で、今、私が学んでいる、国際的なコーチングスクールの卒業生の方です。コーチングの基本をしっかりと学ばれているので、安心して話すことが出来ました。

 

 

 

 

「どうせ私は旦那に助けてもらえない」の元となった過去の出来事を振り返った時も、私の感情に巻き込まれることなく、そしてジャッジすることもなく、ただ静かに共感をしていただき、その後の話の展開で自分のビリーフを置き換えていくことになりました。

 

 

 

 

 

私は「どうせ助けてもらえない」のビリーフを変えたい、と思っていたのです。

 

 

 

 

 

ただ、解決しようとする先に実は解決策はありません。

 

 

 

 

 

私が思い出したのは、結婚式の日の当日の場面でした。父方の祖母が「これからは二人で協力をしながら生きていきなさい」という言葉を話したシーンだったんです。

 

 

 

 

 

その時のシーンを私は、白雪姫が毒りんごを食べた瞬間、と捉えました。

 

 

 

 

 

この言葉自体、とても素晴らしくそして感動的な言葉です。ただ、私は祖母の生きた時代の「協力」(昔の時代の妻が夫に協力する仕方です)という、言葉の裏にある価値観をしっかりと受け止めていたんです。

 

 

 

 

 

で、毒りんごは私が自ら食べたものです。白雪姫だって、自ら毒りんごを手にして食べたのだと私は思っています。

 

 

 

 

 

今の時代の私が考える「協力」のイメージを置き換えることで、「どうせ助けてもらえない」をシフトしていく=毒りんごの呪いから目を覚ますことが出来ました。

 

 

 

 

 

ただ、ここで「何かが足りない」・・・・と感じていて、しばらくこのテーマの続きをブログに書かずに置いてみました。そう、感情的な癒しがまだ足りていませんでした。その理由はこちらです。↓

 

 

 

自分には光なんて無いと思っていた

https://ameblo.jp/newyo/entry-12461485715.html

 

 

 

 

どうせ私は助けてもらえない、と思うきっかけになった出来事に対して、まだ癒しが終わっていなかったのです。

 

 

 

すると、その後押しするブログを目にすることになりました。

 

 

 

 

 

大阪の守田規子さんが書かれたブログです。

 

 

 

 

 

元々「私は旦那に助けてもらえない」は、私の流産の経験から生まれてきたものだったのですが、その時に経験した深い深い孤独と悲しみから完璧に視点を動かすブログでした。

 

 

 

 

それは、「亡くなった子供の居場所を作る」とういことでした。

 

 

 

 

それまで私は、自分の悲しみにフォーカスをして何度話しても泣けてくるその時の自分の感情にフォーカスして、癒えることのない悲しさを感じていました。

 

 

 

 

が、その視点を完全にシフトする出来事でした。

 

 

 

 

 

亡くなった子供の居場所を作る。これは、過去に私が切り捨て、忘れようとしてきた自分の一部を自分にもう一度戻す作業です。

 

 

 

 

 

「旦那にどうせ助けてもらえない」という気づきは、別の角度から見ると自分の中で切り捨てた何かを思い出しなさい、というメッセージだったと理解したのです。

 

 

 

 

 

このことで、本当の意味での感情的な癒しが進むことが自分の中でハッキリと分かりました。

 

 

 

 

 

これについて、まだもう少し書きたいと思いますので、続きますね。

 

 

 

 

 

規子さんのブログはこちらです。