お役所仕事の弱点か、稚拙な事業計画か、講習は毎回この寒~い時期になぜか繁忙期を迎える 火・木曜は暫し開店が遅れるかも(ブログも)です それとはなんの関係もなく、現場の人間は受講生の人生にほんの短い間かもしれないけれどしっかり寄り添うわけで、いや、ご家族の方々は生涯寄り添うわけで、毎度真剣勝負である 私の娘が生まれてから数年間、こども病院にお世話になった経験もここにきて少しはお役に立つやもしれぬ 医学は日進月歩ゆえ、希望を失わずに、人生をどこか無駄に生きてるかもしれない我々へ、その情熱をどうぞご発信くださいとエールを贈り続けてお別れをする そういえば、お兄様の相続の一件でひと騒動の二郎先生 兄の人生の後片付けは些細なことだが、ひとのこころは時に醜い 生前に済ませておきたい身辺整理、周りの人間関係も然りだよ、綺麗におわかれせねばならないとの深いお言葉・・・いろいろな人間がいますから 昨晩は、近所で30数年もお店を経営している二郎じゃなくて一郎さんが最後のお客様 「僕がね、病気になってわかったね、去っていくひとが多い中で、ずっと支えてくれたひともいるってね~」またいろいろ考えさせられた そういえば、先日、なんでこんなに暗いのか?明るくならないんかねとの新客の愚問に、心根というものは明るくなくてもみえますのでとお答えした 最近では珍しく、お名刺のお陰で一時の有頂天にご満悦のお方 私の店には看板がない いわゆる肩書きがないわけで、そのような方々は、格式あるお店で、身の丈にあった高級なお酒をご堪能されればと、切に願いたい ちなみに、バックバーのど真ん中に鎮座している、ヨーロッパ発祥のリキュール達の起源は薬水、霊酒でございますが、心根の悪しきところを治すことはできません 睡眠不足にてイケズな言葉ばかり浮かんでしまい・・・陳謝 

学び舎でもある、元大阪大学総長・岸本忠三さんの産経での連載「賢い免疫、バカな免疫」は、実に面白かった 先生は最後にこう締めくくっていた「大切なのは情報じゃないですよ。人に会わないと。違う人間に会うことが大事なんです。僕が向こうにいた時は、イギリス人とドイツ人は仲が悪いし、ドイツ人はスペイン人をつかまえてもう昼寝は済んだのかとバカにするし。それでも最後はいい友達になりました・・2/5付産経新聞夕刊より引用」これは、なにも科学の世界の問題だけではない 私たちのように店を構える者にとっても、異分野の人との関わりをもつことで、新たな気付きを得ることがある シンポジウムという言葉 これは語源はギリシャ語で「酒を呑みながら話し合う」という意味である 酒を呑みながら本音で語ろうということならいつでもどうぞ 私はそんな場を提供できるお店を目指したい 週末は家に閉じこもり、久々に「奥の細道」を熟読、芭蕉に御伴し書の中でみちのくの旅を堪能した 勿論、旨いワインを持ち込んで(笑) 月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也・・・この冒頭文は中学の時に初めて出会いそしてその後も趣を変えて毎度私のこころに染み入る 黄金を積まれ世間の名利を与えられてもそこになんの価値も見出さない、囚われのないこころで生きられたらどんなに素晴らしいものかと思うが実際にはそうはいかない 人はすべてを捨て切れるものではないからだと芭蕉 豊かでない便利でない時代であってもひとの心悩むところは同じ こころが寂しければ見える景色も寂しいものである 逢うことは別れの初めといえども出逢えなければ旅の愉しみも薄れる 寂しがり屋の芭蕉、彼の人生最後の旅はこころの触れ合いを求めた旅ではなかったか・・・今の時代を生きる岸本先生のエッセイの中にも通じるおもい 歴史ものは現代人の病んだこころのサプリメント 歪を伴いつつも、永遠に語り継がれていくんだろう そんなことを感じながら、昨晩はいつの間にか酒に呑まれて深い眠りに堕ちてしまった・・・こんな休日もたまにはいい

高校の教科書にもあったと記憶する お隣は中国 唐の時代の小説「枕中記」の故事のひとつ・・・ 昔、盧生という若者が、邯鄲の茶屋で一人の道士から枕を借りた その枕は栄耀栄華を極めることが出来るという不思議な枕 その枕で眠りについた盧生は、良い家庭に恵まれ出世をし富貴を極め、そして八十歳まで長生きするという自分の憧れていた一生を夢に見る ところが目覚めてみると、自分が眠る前に茶屋の主人が炊きかけていた黄梁(粟)がまだ炊き上がっていなかった 盧生が夢に見た人生の栄華も、黄梁を炊くほんのわずかな時間であったというお話 

古今東西、歴史もののテーマである栄枯盛衰を、学生時代は軽く流し読み、それも仕方がない しかし、一晩の夢のような儚い人生ならば、その夢に人生を賭けてもいいんじゃない? 今はそう実感できる 昨晩は、大先輩の横田さんが平野くんの夢の話に耳を傾ける 熱いおもいは冷えたこころに伝導して眠気もぶっ飛ぶ そしてもうひとり、幼いころから夢を追い続けた娘が、職場の後輩ふたりを連れてやってきた おもえば5年前、社会人となった娘は、仕事帰りに店のカウンターでよく愚痴をこぼしていたものだ 誰しもが遭遇する夢と現実のギャップ 時にじっくり話を聞いてくれて、時に激励しアドバイスをくれた仲間達に感謝である あっという間に時は流れ、お陰さまで彼女は来月漸く奨学金の縛りから解き放たれる 正直なところ人生はこれからだけど、今この「時」を見届けられることが母として嬉しい限り そして、私以上に彼女を支えてくれるパートナーを得て、夢はまた大きく形を変えていくのだろうか 人間、いくつになってもPassion は持ち続けたいものである その情熱に伴う受難を恐れない、強い心と共に・・・