先週末は、友人の家の修理(大規模半壊)を仲間と一緒に手伝う 築百年という当時名の知れた宮大工が手掛けたそのお家は、千年に一度の揺れに必死に耐えたのだが・・・余震で力尽きた(笑) どこか気持ちのいい汗をかいた後の、特製せり鍋と熱燗はたまらない お返しに、震災後から猫の手も借りたいほど忙しい!と言っていた内装工事の友人が、我が家の床下に潜り込んで基礎の状況を視てくれた 心配性の母がやっと熟睡できると、何度も頭を下げる 有難い 今、巷ではこころの豊かさを指標とする「国民総幸福量 GNH」への関心が高まっている ブータンの人々が口を揃えて言うのは「他の人の幸せも、自分の幸せ」だそうな 当たり前のことなのに・・・ね そして今日は、朝寝坊して急ぎ駆けつけた女子?会 中野ちゃんと、雪ちゃんと私、みな揃うのは半年ぶりである イタリアレストラン・デルカピターノで震災後から企画しているという、毎週火曜日限定のランチピザ食べ放題(なんとワインも呑み放題だよん)1200円へ 明日は「蕎麦二郎」で、新そばの会も開催される 先月の芋煮会から始まって、漸く、街に笑顔が戻ってきたように感じる しかし、ここ仙台では未だに、みんなが集まると「あの時」の話になるのだが、それでいいんだと思う 大変だったのは自分だけじゃないのだという共感が、明日への一歩を踏み出す原動力になっていくんだと思う そういえば、昨夜、光のページェントの試験点灯に遭遇 あの日の星空のように美しかった・・・ 歴史に残るであろう2011年も残すところ一ヶ月余りか 余談だがブータンの高僧の方が「人生はゆっくりと 自分も他人も追い詰めてはダメです いま少し立ち止まってみては」と語っていた 心に留めておきたいお言葉である 

追伸 お酒に関しては辛口の批評をするタケダに旨い!と言ってもらえた、洋ナシだけで作ったサングリアをまた拵えた 最後にシナモンスティックとブランデーを入れれば、あとは4・5日じっと待つ この時間が大切 私の相方はシナモンが苦手だが、私はこの香りにどこかしら酔いしれる その香りは遠くブータンのヒマラヤ山脈へ沈む夕焼けを彷彿させる、そんなシナモンは老化予防だけじゃなく風邪対策にも効果があるので、この季節のアペリティフにお勧めの一杯である 今夜も貴方のこころに温かな一杯を・・・ 

このことが長い長い夢であってほしい 明日の朝、目が覚めたら「おはよう~」と一緒に食卓を囲む父の笑顔に安堵して、この長かった夢の話をしてあげよう・・・ 昨年、父の葬儀の際に願ったこと でも、叶わなかった もう二度と父と会うことができないのだという、この現実をようやく受け止めることができて、母とチョコとの暮らしの中に笑い声が聞こえるようになったころに、あの震災が起きた もしかしたら、この恐ろしい体験も夢であったなら・・・ ふと気が付くと、季節は寒さを増してきて、そして今夜は、またひとつ哀しいお知らせがあります 私がお店を始めてすぐのころ、ある晩、前の仕事仲間が、ひとりの紳士を紹介してくれました 一目会って驚いたのは、その方の透き通るような澄んだ瞳 心が洗われるような静かな語り その方とは、ミニマムのオーナーである、山田さん その後、一週間に数回顔を出してくれて、ご自身の独立のときの(山田さんは小学校の先生を辞め、今ではここ仙台で老舗となるカレーのミニマムを開業された)心構えや失敗談等、時にジョークを交えながらお話してくださり、不安だらけの当時の私を陰ながら支えてくださりました 今でもあの時の光景が浮かびます 私にとってかけがえのない貴重な時間でした 一番こころに残っている言葉は「君子之交淡若水」(くんしのまじわりはあわきことみずのごとし)淡々とした付き合いは一見さめたように思われがちですが、必要以上に相手に口出しをしない、相手を尊重した付き合いです そういう付き合いは飽きがこないので長続きしますよ~という意味で、どちらかというと情に脆い私を見抜いてか、それは客商売の基本であると山田さんは訓えてくれました その後、息子の山田君にミニマムも呑みもバトンタッチ 素敵な女性と再婚をして、日々断捨離をして・・・とのお話は山田君からの情報で、お元気なら何よりと思っていたところの突然の訃報でした このお話も夢であったなら・・・ 齢を重ねると夢であってほしいことばかりが増えて仕方がありません 山田さんとのご縁のお蔭で、私はこうして今もお店を続けております 最後に、ありがとうございましたと一言お伝えしたかったです 山田さんから頂いた手作りのカレンダーは、生涯大切に致します 合掌 今夜は献杯を・・・ 

リテンから進呈されたみやぎの写真集「海と風と街と」を捲り、司馬遼ちゃんの街道をゆくシリーズ「仙台・石巻」を読んで、過去のローカル線の旅を振り返り、自分の生きてきた街を愛おしいと思えるようになったのは、この年齢になったからだけじゃないのかもしれない・・・ 人生、得たものより失ったものはとても大きい 夕方、陽が落ちかけた落ち葉の舞い散る街をブラブラと散歩しながら美術館へ 美術館の辺りは高校時代の通学路であり、妙に落ち着く場所でもあるが、紅葉がこんなに美しかったとは知らなかった 暫しその美しさに立ち止まり、17世紀のオランダの人々の気配を感じながら絵画の美しさに酔った ヤン・リーフェンスの「机に向かう簿記係」の絵には一番見惚れた どの時代もひとを愛するこころは同じ ある友人は青春時代に数えきれないほどのラブレターを書いたと言っていたが、この私はラブレター(のようなもの)を過去に一度だけ書いたことがある それは中学二年の冬 淡い初恋というのだろうか、一年先輩の応援団の団長へ一目ぼれした私は、やがて卒業してお別れしてしまう彼に意を決して手紙を認めた その内容はすっかり忘れたけれど、同じ組の女子の先輩に手紙を託した時の、あのドキドキ感とあの光景は今でもすぐに蘇ってくる たった一歳だけ年上なのにすっごく大人に感じて、自分がすっごく子供に思えた時代、そして携帯などない時代 その後、お返事をいただいた しかも英文で・・・ 今なら鼻で笑ってやるところだが、恋は盲目 愛しの先輩の英才さにその想いが増す私 放課後、親友に付き添ってもらい北四番丁の教会へ 外国人の神父さんに和訳していただいたときの、教会のあのし~んとした息の詰まるような静けさを今も思い出すことができる お返事はYESだったと記憶するが、どうしたものか結局彼と会うことはなかった 昔むかしの恋物語である まだ若かった私は、自分の生き先すらわからず、ラブレターを認めているその時間が至福であり、相手を想い筆を走らせている自分に恋しただけだったのかもしれない それは、旅のようなもの 目的地はどこでもいい そこへ向かうときのあの空気感、期待感、そしてどこか懐かしい車窓からの景色に高揚し、季節の移り変わりにいままでの自分を顧みる 旅の終わり、「終点仙台~」というアナウンスに疲労は一瞬心地よさに変わる それは当たり前に帰る処があるからだ 若いころは帰る処の有難みなど気にも留めていなかった 「子供叱るな、過去の自分 年寄り笑うな未来の自分」 あっという間の人生の、その最終章まで、できることなら、感動の旅を続けてみたいものである