週末、色々な用事で東京へ向かう。その夜は、今回の目的のひとつでもある、江東区の居酒屋「山城屋」へ。ここは、明治創業の大衆酒場。幸運にも今年88歳になる親方とツーショットで記念撮影することができた。開店と同時の晩酌が楽しみという隣の叔父様は、偶然にも私の父と同世代。これも何かのご縁と、日本酒をご馳走になる。どうかいつまでも、お元気で。居酒屋巡りの旅はこんな出会いがあるからやめられない。ご縁…高倉健が、インタビュースペシャルで、人生とは出会いである、どういう人と出会うかで人生は決まると語っていたが。誰しも、出会いと別れの中で自分だけの人生模様を編み込んでいくように思う。次に隣り合わせたご夫婦は、毎年結婚記念日に東京湾クルーズを愉しむそうな。かなり強力に勧められて、結局、翌日初体験した。シンフォニー東京湾クルーズは、ベイブリッジをくぐり、東京湾をゆったりと二時間遊覧する、豪華客船の旅。世界一周とまではいかないが、ほんの一瞬酔っ払いのシンデレラになれる。内容も、ランチクルーズ、アフタヌーンクルーズ、ディナークルーズ、といろいろあるが、私たちが選んだのはサンセットクルーズ。そして、この時期限定、真夏のビア&カクテルクルーズ。簡単なオードブルと飲み放題に乗船代込みで5000円だから、格安である。何よりもロケーションがいい。いつもお行儀がいい?のでお天気に恵まれ、美しいサンセットは今日までの自分へのご褒美…なんだけど、出発のドラムまで、生ビールを一瞬に空けて仲間の顰蹙をかった。オードブルが予想以上に豪華でお酒がまたすすむ。次は、ジントニックかな。モヒートかな。お行儀良くしなきゃ。お腹がいっぱいになり一休み。甲板で風に吹かれてたら、結婚式を終えたしんろうしんぷが記念撮影をしてるじゃないの!。デッキじゅうの人たちからお祝いの拍手の嵐。いいな~。子供達はみな結婚しちゃったし、残されたイベントはお葬式だけ、か。
右手に羽田空港の滑走路が見え隠れする。三分毎に着陸する飛行機に子供のように手を振った。酔っ払いですみません。そうこうしてううちに、船は摩天楼の岸に向かって面舵いっぱい!あっという間の二時間。東京のこんな愉しみ方もいいもんである。でも、田舎育ちの私には、桂島クルーズが似合ってるかも。とにもかくにも、海はいい。
この世に生まれてまだ二ヶ月のモンスター。60日の間に、母の顔を追い笑うようになった。母乳だけで1kgも大きくなった。ところが、ある日突然鼠径ヘルニアという病気になり、手術を受けることに。そのための検査に付き添う。朝8時半、大学病院にて待ち合わせ。待合室は既に満員。受付は紹介状もあり比較的にスムーズに通過。しかし、小児科の前で待つこと1時間。その間、腹をすかしたモンスターはたっぷりの母乳を飲み、同じくらいの排泄を何度か繰り返す。最近は、授乳室なるものがあって、プライバシーが守れる。やっと、名前が呼ばれまずは身体測定。また、待つこと30分、研修医の診察。また、待つこと30分、院長の診察が終わったのは、午後一時を回っていた。ここから、手術前の検査。お人形のような腕に五寸釘のような針を刺す採血では、泣かない訳がない。とはいえ、この病気、大昔なら命を落としたかもしれないのだ。「よく頑張ったね」と娘。しゃくりながら出てきたモンスターの手の甲には、手が隠れる程の絆創膏(笑)次に、迷路のような病院の中を上がり下りして、心電図室へ。次に、レントゲン室へ。疲れ果て、会計窓口で並んだ列に横入りされてもキレるパワーすら残っていない。最後に、入院の説明を受けて駐車場へ着いたのは、3時半。もう陽が傾いていた。とどのつまりは、駐車場出口の機械が故障してて、係りの方の鈍臭い対応にブチ切れた。そこで、ふと気がついた。自分たちが食事をとっていなかったことに。総合病院ということもあるが、予約をしていったにもかかわらず、乳飲み児の受診は一日がかりである。一日ゆえに、おむつやらなんやら荷物が多いので、当然小児科外来はみな付き添いが必要になる。この自分も、その昔、次女が内臓疾患で一年ほど関西のこども病院へ通ったことがあった。今思えば、付き添いなど居なかったのによく通えたもんだと不思議で仕方が無い。携帯もなかった時代である。連絡するには公衆電話を探す手間が要る。きっと、沢山の見ず知らずの方々に様々な場面で世話になったのだろう。とにかく子育ては大変である。娘の子育ては始まったばかり。でも、老人介護と異なるのは、子供はいつしか大人になって手が離れることである。まぁ、その時には自分が介護される年代に入っていく。これには誰も抗えない。

芋煮会のお知らせ
今年の芋煮会は、鳴子温泉「みやま旅館」をお借りして紅葉の中での芋煮と温泉でゆっくりと心癒す旅を企画いたしました。是非ともご参加くださいませ。
私は寝付きが良いがよく夢をみる。それも、可笑しな夢。先日SF映画を観過ぎたせいか、火星に飛んで火星人と酒盛りして「宇宙は一つ!私たちみな兄弟!」なんて騒いでヘロヘロになりながら無事地球に生還したとこで、目が覚めた。でも、火星人の手の感触がまだ残っているのは、何故?昨夜の酒も、まだ残っている。ご存知、「邯鄲の夢枕」という故事は、廬生(ろせい)という青年が夢を抱いて旅に出て、邯鄲の都の宿に泊まり、ご飯が炊けるまでの間、同じ宿に泊まった呂翁という道士から枕を借りてうたた寝をしている時に見た夢についてのお話。廬生が見た夢は、長い旅と苦難を経て、最後には大成功を収めるという壮大な内容だったが、夢から覚めてみると、まだご飯が炊けていないほど短い時間だったという、世の中の栄華のはかなさを描いた物語であるが…確かに、人の一生なんて宇宙の時間からみればあっという間、そして今年もあっという間にJAZZフェスティバルがやってきた。
朝、まずは、みんなが集うテーブル席を確保するために、眠い目を擦りながら錦町公園へ向かう。公園内ではすでに、沢山の屋台がスタンバイしていた。富士宮焼きそばに、石巻焼きそば…太陽がいっぱいで眩しすぎる。一年ぶりのマネージャーはじめ仲間達との再会というより、このところのJAZZフェスティバルは安否確認のエール交換となった(笑)誰が決めたわけじゃないけれど。今から10年前のこと。お店の仲間に、その昔プロのドラマーだった方がいて、本人はもう二度とドラマーに戻ることはないと心に誓っていたけど、ある出会いからJAZZフェスティバルに参加することとなり、そこからまた音楽の世界へ…そのお陰で、私たちにとって、毎年この初秋のイベントはとっても有意義なものになった。何が良かったのか悪かったのか、幸せなのかそうでないか、誰にもわからない。わかっているのは自分自身だけ。自分がいい人生だったと思えれば、それでいい。誰しも、人には言えぬ哀しみや小さな嘘はあるもの。今日だけは、この時を思いっきり愉しみたい。
そして、様々な思いの中に長い長い一日が終わった。

See I just can't find the right thing to say
I tried but all my pain gets in the way
Tell me what I have to do so you'll stay
Should I get down on my knees and pray