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いつきのブログ

ついったーでは書ききれない事の補足的な文書ログ。
偶に旅行日誌になったりします。

アイコンは推し絵画の聖チェチリア(カルロ・ドルチ画)です。

(字数制限のため前後半になってます)

 

 

2025年10月5日@ミッドランドスクエアシネマ名古屋

雨が降りそうな曇り空(伏線)のなか、10時35分上映

 

 

 

 

 

 

上映後、聞き手の藤津亮太さんが登壇し挨拶のあと、幾原邦彦監督が入場されました。BGMは「時に愛は」。さっき聞いてた曲!

今日の服装は、前に「劇団影絵カシラ」のロゴ、背中に影絵少女のプリントがしてある黒いTシャツで登場。自分は初めて見たんですが、映画のパンフレットに載ってる監督の写真と同じもののようです(フォロワーさんが教えてくれました)。

参考↓(映画パンフレットの写真より)

 

 

 

 

まずは藤津さんより観客の挙手によるアンケート。

公開時観た人? ( ・ω・)ノ7~8割くらいでしょうか。

初めて映画観た人? ( ・ω・)ノちらほらいました(ただこれが映画館で初めてなのか、全くの初見なのかはよくわからなかったです)。

 

 

以下トークのメモをまとめたものです。多少文章を要約したり、伝わりやすいように文脈の前後入れ替え、意訳もあります。喋りのニュアンスが正確に伝わっていないと思いますがご容赦ください。"※"は自分の註釈です。(以下、幾原監督:I  藤津さん:F)

 

 

I 熱心なファンがいる。映画の上映をたまにやるけど完売する。ありがたい。

 

F 映画をやるというのは誰が言いだした?

I キングレコードのOさん(※おそらく大月俊倫氏のこと。そこ伏せなくてもいいwと藤津さんからツッコミ)とか僕からかな?

映画をやる可能性があるという話から、進んでいった。(※誰かが映画をやる!と宣言してスタートしたというより、ふんわりとやれそうな雰囲気だから話が進んだというニュアンス?)

 

F テレビアニメだと毎週決闘するという形が決まっているけど映画に置き換えるのは難しかったのでは?

I 総集編にしたくなかった。初めは考えたけど、どうコンパクトにするかという話からストーリーをつくるとダイジェストになっちゃう。あまのじゃく(な性格)だからおもしろくないと感じた。観客が総集編観せられても、テレビのほうがよかったと言われそう(だと思った)。

どうせ悪く言われるなら一から作ろうと。

テレビ版を忘れよう(テレビ版を忘れて一から作る)。どうしてもテレビ版の影響から逃れられない。

 

F 一から作ると言われたが、映画の前半はテレビ版に沿ってストーリーが進んでいく。でも暁生の死体が出てからブーストがかかった。(会場笑い)

I そこはやろうと思った。映画ってなんだろう、テレビと何が違うのか。分ける線は?(というのを考えていた)

 

F 劇場版セーラームーンRは映画っぽい雰囲気だった。

I 劇場版Rの経験は生きていた。その数少ない成功体験をどう拡張するか。

 

F 美術が小林七郎さん。美術設定は作ってなかったはず。

I 長濱博史さんが描いたスケッチを小林さんが拡張した。地面がどうなってるかよくわからないよね(笑)

 参考↓(映画パンフレットより)

 

I スぺクタル感が映画。コンテよりもストーリーが見つからなかった。何の話なのか。ダイジェストを1時間半観せられても…。

 

F 突破口は?

I 音楽。それと、クライマックスのライド感。ジョージ・ルーカス、スターウォーズだと思った。ジョージ・ルーカスはその前に2本作っている。(SWと前2作を合わせた)3本ともストーリーは一緒。閉塞世界からライドで戦う。これは映画になると思った。劇場版Rもそうだった。

映画になるかならないか、ストーリーがおもしろいかよりも、映画を見た満足感。

エクソダスが映画になる。鳥籠みたいな世界からのエクソダス。

 

F 暁生役の及川光博について

I 今は俳優で活躍しているけど、当時は王子様キャラで歌もそんな感じ。

(以前及川さんと対談した)さいとうちほさん経由でオファーした。

窓から落ちる時の「あぁ~!」がロッカーぽくておいしい。

アフレコに合わせてワイドショーの取材でテレビカメラが入った。カメラが回ってる時の「とぅ!」(※ボンネットに乗るシーン)がかっこよくて録り直した。

テレビカメラが入るとテンションが上がっていて、そのテンションでやってもらった。

それまでのアフレコは画に合わせる演技だったけど、カメラが入ってテレビ受けする演技になった。

 参考↓(映画パンフレットより)

 

F 他の声優さんから(テレビ版とは違う)映画への戸惑いは?

I なかったと思う。

 

F 製作期間が短かったと思うが大変ではなかったか。98年春に脚本が始まり夏に初稿完成。そここらコンテを5パートに分けて製作して99年夏というスケジュールだったが。

I 当時の予算感だとそんな感じ。

 

F 今みるとどう?

(※この辺、専門用語が出てきたりしていて咀嚼できてません。わかりにくい文章かと思いますがご了承ください。)

I いろいろ思うところはある。でもやっちゃったからね。(絵の)見え方は違う。フィルムの焼き感が違う。

カラコレ(カラーコレクション。色味の調整)が大変だった。

0号の時、プロデューサーが関係者にお礼を言ってるそばでカラコレの打ち合わせをしていた。(※監督のこだわりや要望のせい?)現像の人が怒ってて気まずかった。

(※0号と言っていた気がするんですが専門的な話だったので聞き違いかも知れません。恐らくパイロット版とかそういう類のものかと。詳しい人教えて。)

 

F 映画の寿命というのはどれくらいまであると思うか。

I エポックメイキング、最初の作品でありたいと思う。

若い女の子が歌って踊ってるようなアニメは僕らが作った。土台がセーラームーン。

ジャンルを作りたい。このジャンルはもういいかな。食うためにまたやるかもしれないけど(笑)

 

観客を怒らせたくなる。「こうじゃない」と言わせたい。

 

F 挑発が大事と語っていた

I 好き嫌いがはっきり別れるのは、見た事がないから(嫌いな人にとっては)拒絶反応がでる。観た人の半分くらいは怒ったり憎んでる。

それはテレビがあったから(テレビ版からの予想を裏切る)そう思う。

 

F そういうものの最初の体験は?

I ハリウッド、スターウォーズとか。アナーキーなものが好きだった。ATGとか、太陽を盗んだ男。あの作品は主人公が悪。

寺山修司が好き。それまで見えていたものが(映画を観てから)変わって見えるものが好き。内面革命。

(※このあたりについては、以前あった寺山修司についてのトークショーで監督が色々語ってますので、こちらのブログもよかったらご参照ください↓)

 

 

 

F 映画を作って、自身の変化は?

特にない。こんなの作っちゃったから他の仕事はないだろうなあと思ってた。

作っている時は必死だった。

 

(後半へつづく)