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いつきのブログ

ついったーでは書ききれない事の補足的な文書ログ。
偶に旅行日誌になったりします。

アイコンは推し絵画の聖チェチリア(カルロ・ドルチ画)です。

4/25~5/11まで渋谷ヒカリエ8階で行われている「第二弾 ジャパン・アヴァンギャルドポスター見本市」。そこで「SNSと時代を挑発したスキャンダリスト寺山修司」と題して開催された幾原邦彦氏笹目浩之氏のトークイベントに行ってきました。今回はその記事です。

 

……が、イベントが始まるとスタッフさんから「このトークイベントはインスタで生配信されており、アーカイブ公開もされる」という案内。頑張ってメモ取るつもりで来たんですが必要なかったみたいですね……。

なのでわざわざここで書き起こす必要もないのですが、せっかくメモしたし、注釈をいれつつ会場の雰囲気も兼ねてレポしようと思います。

 

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まずは会場へ─

 

場所は渋谷ヒカリエ8階のBunkamura Gallary 8/。

 

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渋谷周辺って本当迷うんですよね。私みたいな普段来ない地方民にとってはいつも迷子になります。去年あった帝子ボンボンのライブも渋谷駅が最寄りだったんですけど、迷って彷徨って入場開始に間に合わなかったんです。

 

ところがヒカリエは超わかりやすい!

地上に出なくても連絡通路がある!!

駅2階の改札口から出れば一直線!!!

と、すんなりいけました。今度からすべてのイベントここでやって(笑)

(っていうか、渋谷駅って1階と3階がホームで2階が中央改札という縦構造なんですね。これがわかったおかけでかなり理解が進みました。)

 

イベントは15時開始ですが、どれくらい混雑するか予想がつかず入場規制で入れなかったらどうしようということで、早めの13時頃到着。迷わなかったのも大きい。

 

このフロアはいくつかのスペースに区切られていて、それぞれにギャラリーが開設されています。

 

エスカレーターであがってまず正面に見えたのがトークイベント会場のイベントスペース。

会場内とは薄いカーテンで仕切られていて、うっすら中が見えました。まだ誰もいなく、カラフルな椅子がたくさん並んでいます。

何かホールとか会議室的なものを想像してたのでこういうオープンスペースとは思わなかったです。オシャレな空間です。

 

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サイトには開場までに並ぶのは禁止ということなので時間までフロアを散策。周りもまだ人はまばらでした。まずはイベントの本来の展示であるポスターを見てきました。

 

ポスター見本市の会場はフロアの奥の方。撮影禁止なので写真はありませんが、芸術性の高いポスターばかりで興味深かったです。天井桟敷以外にもアングラ劇団やリサイタル、昔の大阪万博ポスターもありました。ちなみにぜんぶ複製売ってました。とってもいいお値段してました。

お値段といえば、ポスターに書かれている演劇公演の料金。500円とかもあって物価の変遷を感じます。

寺山修司関連のグッズ売り場もありました。アクスタや本もありましたが既に持っているものもあったので、今回は眺めるだけです。

 

会場内は撮影禁止でしたが、インスタグラムに会場内の様子がアップされていましたので、リンクしておきます。

 

 

その他のギャラリーも拝見し、さて、そろそろかなと14時15分くらいに会場前に行くと既にたくさんの人がいました。皆、とりあえずここら辺に立っておけばいいのかな……という顔で(笑)

現場に来ている知り合いもいたので見かけて挨拶していると、30分頃でしょうか、スタッフさんが来て声をかけはじめました。入場の整列が始まります。

誘導に従って歩きながら周りを見渡すと、結構いる!すごい盛況だ……。比較的列の前の方にいたのですが、後ろについて行く人の列がずっと続いていました。

 

 

そして入場。会場内に並んでいる椅子は100脚くらいでしょうか。運よく前から3列目に座れました。

後ろを見るとギリ立ち見客ができたかなあという感じでしたが、開始直前には立ち見の人も増えてきました。サイトには160人収容とありますが、多分壇上や設備のスペースは含んでないと思われるので120人くらいはいたのかもしれません(勘定するの苦手なので見当違いかもしれないけど)。

 

 

 

さて、お待たせしました。ここからが本編です。

 

登壇者はアニメーション監督幾原邦彦氏、ポスター収集家ポスターハリス・カンパニ代表取締役、テラヤマ・ワールド代表取締役、三沢市寺山修司記念館副館長笹目浩之氏。

SNSと時代を挑発したスキャンダリスト寺山修司と題してのトークイベントが遅れることなく始まりました。

 

 

 

※ここでの文章は聞きながらのメモを元に編集したものです。前後した話の内容などを揃えたり意訳した部分もあります。書き間違い・記憶違いで発言者や発言内容が違っている可能性があります。また聞き逃しや書きそびれなどで内容が薄いパートもあります。ご了承ください。アーカイブ公開された際、内容を確認して不正確は部分は修正しようと思います。本文中のお名前敬称略。

 

※小文字の括弧については私が入れた注釈です。自分で調べた限りのものですが、間違いがあったらすみません。もしお気づきの点があればご指摘ください。

 

※会場の雰囲気などの雑感はすべて私の主観的な印象によるものです。

 

※あと、「ここだけの話」と言っているトーク箇所もあり、映像はどうなるかわかりませんがここでは割愛しています。

 

 

その前に、なぜこのお2人なのか、笹目さんは肩書見れば当然かと思いますがアニメーション監督がなぜ? と思う人もいるかもしれませんね。

幾原監督はその代表作『少女革命ウテナ』で劇中曲にJ・A・シーザー氏*の曲(その半分くらいは万有引力の公演で使われたもの)を起用したことで話題になりました。

*寺山修司主宰の劇団「演劇実験室 天井桟敷」で音楽を担当し、寺山没後流れを汲んだ「演劇実験室◉万有引力」を旗揚げする

 

 

今日の監督のお洋服は「ユリ熊嵐」のロゴが大きく描かれたTシャツ。今年で放送から10周年ですもんね。何か動きがあるのでしょうか、監督ファンとしては気になります。

 

 

 

登場してまずお二人とも寺山修司本人に会ったことがないという話から始まります。幾原監督が初めて観た舞台は八尾西武での「レミング ~世界の涯までの連れてって~」(1983)の公演。それまでは寺山修司について、よくテレビ番組やCMに出ていて子供からすると「テレビに出てるよく分からない人」という印象だったそうです。

 

劇の感想──

幾原:完全暗転にびっくりした。そしてプログレ音楽。それから女子高生・大学生みたいな若い子が多かった。

笹目:(女子高生・大学生は)本当は違うけどね(笑)

幾原:学生運動の延長に見えて違うクオリティの高いものだった。

笹目:(完全暗転について)法律上避難誘導灯は常時点灯しないといけないがそれでは完全暗転にならないのでスタッフが隠していた(註※現在は消防法が改正されて緩和されてます。映画館でも上映中は消灯して非常時には点灯するとアナウンスがあったりします)。イメージシーンの造形美が良い。

幾原:女性の裸が出ることに驚いた。当時まだピュアだったから。まさかそんなものが出てくるとは思わなかった。それで最近、シーザーにそういうのもうやらないのか、と聞いたことがある。

劇の最後、釘を打って閉じ込める演出が印象的だった。これを自分のライブで使わせてもらった(※イクニプロデュース『革命と承認のボンボン』(帝子ボンボンライブ)(2024)のこと)。

大学の先生に粟津潔さん(※1929-2009。グラフィックデザイナー。幾原監督が在籍していた東京芸術短期大学に講義をしていた)がいて、その関係でチケットを売っていて購入したのがきっかけ。

笹目:関西の公演はけっこう売れ残ってて、縁のある粟津さんに頼んで大学で売ってもらったらしい。そのおかげで一気に売れ八尾駅に怪しい人が沢山来た(笑)

幾原:席に座れず床に体育座りした記憶がある。箱から人がでてきてびっくりした(註:ここは劇のネタバレになりかねないので、この先カーソルで色を反転するなどしてください※レミングの舞台演出に、客席の一部に大きなボックス(板でできた立方体)が作られており、観客は気づかないが中に役者が入っていて、劇の途中突然出てくるというのがある)

笹目:阿呆船だとイラン公演で土に中に埋められて、その上を客に歩かせるというのがあった。ワークショップで埋められる訓練とか、火吹き、尾行。

幾原:カルトですよね(笑)

笹目:奴婢訓(1978年初演。寺山演劇の最高傑作といわれることもある)は話を解体して辻褄が合わなくなるが、完成している。小竹さん(※小竹信節。1950-2023。天井桟敷の美術監督を務めた)の美術がよかった。ジュリー(沢田研二(1948-。歌手)の愛称)のライブのデザインを担当したこともある。

幾原:天井桟敷の旗揚げ時は横尾さん(※横尾忠則。1936-。美術家、グラフィックデザイナー)でしたね。

笹目:でも横尾さんは書き割りくらいだから。

幾原:以前、美輪明宏さん(1935-。歌手、俳優。※天井桟敷に在籍していた時期もあり、公演や映画にも出演していた)のトークショーに行ったらエレベーターで一緒になって。その頃は世間から忘れられた存在になっていたんだけど、それでも美輪さんだとわかった。そのトークショーで、「青森県のせむし男」(※天井桟敷旗揚げ公演)で横尾忠則さんが搬入口よりでかいセットを作って半分にした、と話していた。

笹目:それは「毛皮のマリー」(1967年初演。美輪(当時は丸山)明宏主演)じゃないかな。で、切ろうとしたら怒って持って帰ったと。代わりに美輪さん家のもの(家具)を持ってきて使った。

 

そして舞台美術を担当した歴代のお名前が登場しました。

 

映画について──

幾原:ATG(日本アート・シアター・ギルド。以前あった映画会社)製作の「心中天網島」(1969年)と「田園に死す」(1974年)、この2つがよかった。「田園に死す」は特にカメラマンがよかった。スタッフ豪華でしたよね。

笹目:寺山さんは映画に関してはまだ経験豊富でないので、ATGがスタッフを優秀にしないといけないと思った。

幾原:役者に八千草薫(※人妻 化鳥役)がいたから品がある作品になった。よく出演してくれたよね。

笹目:丸尾末広さん(1956-。漫画家)が描いた空気女(映画に登場するキャラクター。空気を入れると光悦する)のアイデアや設計図がたくさんある。

幾原:寺山の映画はフェリーニ(※イタリアの映画監督)のオマージュぽさがある。

 

幾原さんは「演劇」と「映画」で鑑賞体験の違いを話されていました。話の印象としては寺山の作品は映画より演劇のほうが好きなようでした。

 

笹目:後期は分担作業になってイメージシーンはJ・A・シーザーが担当するようになった。

幾原:呪術的な音楽プログレロックが特徴的。

 

 

寺山修司の死後、シーザーが後を引き継ぐ流れで「演劇実験室◉万有引力」を立ち上げる

 

幾原:寺山さんが亡くなってしばらくは(観劇して)「あれ?」と思って。寺山さんの跡を追っている感じがした。でもそれからはシーザーらしさが出てきた。その後はセーラームーンのディレクター(※「美少女戦士セーラームーンR」の途中から「SuperS」までシリーズディレクターを担当)になって忙しくなり、シーザーを追えなくなった。

きんぎょ注意報をやっていた頃、声優が万有引力の人と友達で劇団の飲み会の参加させてもらった。その時シーザーと初めて会って「いつかアニメでシーザーの曲を使いたいです」とお願いし、約束した。その後ウテナで使用することになり「約束果たしましたよ」とシーザーに言ったら「そんな話したっけ?」と。覚えてないですよね、そんなの(笑)

 

笹目:(没後40年の)1984年にやった寺山修司の展覧会はそこまで盛り上がらなったが、1993年のテラヤマワールド(寺山修司展)はブームになった。

 

それから三上寛(フォークシンガー、俳優。「田園に死す」に出演)さんの話、寺山修司との関係や現在の活動などの話にもなりました。

 

ウテナの楽曲について──

幾原:シーザーにオファーはしたが内部で揉めた。ジャン・ジャン(※渋谷にあった小劇場)の舞台をレコード会社の人に見せたら駄目と言われた。スポンサーがシーザーの音楽が「わからない」。折衷案で歌唱を杉並児童合唱団にしたらわかった。それで、曲が売れたので後半は万有引力歌唱のものになった。(※21話までは光宗新吉アレンジ杉並児童合唱団歌唱、23話以降は万有引力俳優陣と東京混声合唱団歌唱)

笹目:ウテナの経験がなかったら今のシーザーはないと思う。

幾原:ウテナは音楽にお金をかけられた。(※個人的な所感ですが、万有引力に限らず劇団の自前収録とテレビアニメの音楽では、音源の質や収録設備などの環境が違うと思います。今ではPC環境や施設なども充実しているのでアマチュアでもそれなりのものができるかと思いますが、当時はまだ厳しかったと感じます)

 

テーマに沿って寺山修司について──

幾原:警察によく捕まってた。覗き事件とか。タモリのものまねが有名になった。タモリのものまねでしゃべる内容が、寺山本人が言っててもおかしくないようなことを言うので、本人が実際発言したものなのかタモリが言ったものなのかわからなくなった。

笹目:寺山はタモリの新聞記事をスクラップしていた。三上寛がタモリにものまねを教えた。

幾原:僕も彼の話になると青森弁ぽくなる。彼の生原稿を見たことがあって、作家の原稿って達筆で書いてあるかと思ったら消しゴムを使わずつぎはぎで。コラージュにしていると感じた。書き直さず修正するというのに影響を受けた。

同世代の人、寺山っぽいものを作っているけど言わない僕はウテナをやったから言ってるけど

寺山修司はメディアトリックスターコメンテーターの走りだった。

笹目:(テレビで同じようなポジションの)大島渚監督(映画監督。1932-2013。寺山と同じく、テレビ番組によく出演していた)にライバル意識を持っていた。大島の「愛のコリーダ」(1976年)に対抗して「上海異人娼館/チャイナドール(1981年)を作った。

幾原:ええ!?そうなの?

映画という映像作品になって残っているから、後の時代でも残っていて今でもファンがいる。女性ファンが多い。

笹目:少女漫画家と交流があった。漫画も好きだった。

幾原:「あしたのジョー」のオープニング曲(「あしたのジョー」歌:尾藤イサオ)の作詞もした。

笹目:あれは依頼が来てから読んだ。

 

その後は、唐十郎の状況劇場との乱闘事件のウラ話などに話題が移った。

 

 

この時点で1時間は過ぎていていましたが、どうやらとっくに時間オーバーだったみたいです。でも笹目さんはおしゃべりなのか、そろそろと言いながらも話が止まらない(笑)。最後に質問ある人いますか? と少しだけ延長する雰囲気だったのですが、その間も話が続く(笑)。私は後の予定があったのでここで退場してしまったのですが、後から聞いた話だと、16時30分過ぎまでやっていたようです。

最後にポスター展示エリアで販売している本に幾原監督がサインをするという話になり、終了後、監督が解説を執筆している「さみしいときは青青青青青青青」を買った人にサインをしていたようです。

そして笹目さんから今後のことを聞かれ、寺山修司の関する本を作っているという情報が発表されました。若い人に寺山修司を布教するため、普通の本じゃない、という発言がありました。いつ頃発売なのか、どんな内容か気になるところです。

 

御二人とも話に華が咲きとてもいいイベントでした。私はウテナからはいったクチなので監督の出演イベントは何度が言ってますが今回は結構しゃべってましたね。お知り合いだからリラックスしていたのでしょうか。

無料のイベントでしたが、ここまでみっちりした話でとても濃かったです。寺山さんが色んな分野に才能を発揮し、そして事件ともいえる社会に挑戦するような活動をされてきた方ですから、話は尽きないでしょうね。

とても楽しい時間を過ごせました。本当にありがとうございました。

 

 

 

bunkamuraさんのXアカウントに登壇したお二人の写真があがっておりましたので、こちらもリンクしておきます。