行為そのものが目的 一言シリーズ
今日のテーマは悟り系です。 このテーマの言いたい事は、違う角度で語れば、最終目的地は無い・・・ともいえます。人生において人々は、何か目標、目的の場所などを探して、いろいろな形を作ろうと努力していきます。行動していきます。何かを達成することをもって、人生とする人がほとんどです。つまり、どこかに自分が行けば、何か得られるということです。でも、いつもいつも達成しても次の場所が現れるのです。だから最終目的地のような場所を探し続けているのです。ある意味、悟り的にいえば、探し続けている行為を「 無明 」というのでしょう。人生に明かりが無い状態です。明かりとはエンライトメント、目覚めていないという意味です。目覚めとは明かりを照らされた人生です。つまり暗い中をさまよって、何かを探し続づける事をもうしない人生です。前回の記事のタフティの本が一般的に難しい、難解だと言われているのもここなんです。悟りの本質にちかいあたりの霊的な話になると、エゴだらけの人には意味がわからなくなるのです。じっさいに、あのタフティは、東洋思想、東洋哲学、東洋の悟りの概念を西洋人むけに発信した自己啓発本です。ですから、西洋人にとっては難解なのです。それを逆輸入したように、日本て読むわけですから、西洋かぶれしすぎた日本人がまた混乱しているのです。やはり目的、目標、目的地ではなく、その過程、このテーマでは「行為そのもの」の中一瞬、一瞬のいまここにが目的なのです。目的は、「 今 」です。 今この瞬間が目的なのです。だから行為そのものが目的なんです。 未来にめざしてどこかに向かう事は本当の目的ではありません。笑動画です。↓※ ↓ 完売しました。全400名ありがとうございました。次の販売は今年の夏あたりです。※サロンはいつでも入会できます。新規もどうぞ。