思考に逆らう事 一言シリーズ
出てきた思考というものは、不思議です。自分というものが強すぎる人にとっては、自分の頭の中に浮かんでくるものですから、それを自分のものとしているのです。当たり前ですが、これは当たり前ではないものなのです。頭の中に浮かんできた言葉が自分というものを信じすぎていると、自分の内面に起きていることなので、あっさりと自分自身の気持ちとしてしてしまうのです。しかし、その通り、その思考どおり動いたとしても、確かに間違いなく、進む事はありません。それなのに、思考に頼るのです。 自分の中の真実というものが頭の中にある声によって、信用させられてしまっているのです。ただ、自分の思い付き、発想に対して、どうしても信頼できないときもあります。するともう一人の自分とその意見を言う自分と頭の中で問答したり、喧嘩したり、反発したりするのです。しかし、その逆らうような、反発し合うようなものは、すべて 何か自分の人生を良くしていくため、いい結果をだすために 反発しあったりしているのです。結局、頭の中の自分との葛藤として、そうなっているのです。たまに人の意見、その他の意見も入ってくると更に混乱していきます。そしてまた自分の内面の葛藤をさせて、最後はひとつの結論のようなものを出していきます。決定です。笑このような事をいつもいつもくり返して人生は進ませていきます。つまりストーリーというものは、外側にドラマとしてあらわれる前に、その前に頭の中の葛藤のようなものからストーリーはスタートしていくのです。つまり、外側の出来事や外側の流れもストーリーですが、自分自身の頭の中でもストーリーが展開しています。この両方のストーリーを抱えながら人生は進んでいくわけです。とくに今日のテーマのように、思考それぞれが反発しあって、頭の中で言い争いのようになっていれば、いくほど、ストーリーは複雑化して疲れています。その疲れはカルマとなって、老いを作っていきます。自分自身に浮かんできた思考に対して、少なくても逆らう事や反発すること、つまり抵抗することをやめれば、ストーリーも弱くなったり、ストーリーも無くなったりします。ストーリーに没頭しすぎないこと、見守るくらい放置できる事の方が、霊的には優秀な事なわけです。できるかぎりそっとしておきましょう。やがてはすべて消えていきます。雲のようなものですから。笑新動画です。↓ ↓※ ↓ 完売しました。全400名ありがとうございました。次の販売は今年の夏あたりです。※サロンはいつでも入会できます。新規もどうぞ。