気づきは全体 一言シリーズ
今日のテーマは悟り系です。 今のような時期になると、だんだん春になってくることを楽しめる時期です。そして方便という仏教言葉があるように、エゴや自我の方から見ても季節の移り変わりを単純に感じていきます。そして、このような時期は瞑想にも適しています。心地よい時というものは、感覚を楽しみながら深みを味わえるからです。今日のテーマは気づきですが、気づきというものは、自分が気づいているわけではありません。 自分を自分と思っている事さえ、気づいているのです。つまり気づきというのは全体の事なのです。全体の中に気づきがあって、実は自分が瞑想しているという気づいている自分も、心地よいと感じている自分も、ここに居るという気づきも 誰かが体験しているのではないのです。全体こそが気づきであり、気づいているときに自分という個が気づいているわけではなく、全体の中で気づいているそれなのです。つまり、季節の変わり目の緑の芽も、花の輝きも、風の心地よさもすべて気づいて行きます。しかし、気づいているのは自分自身ではなく、全体の中の気づきなのです。気づきが気づいているときは、全体であり、エゴである私はいないのです。そしてその体験のようなものも、全体の中で派生して、全体の中で消えています。いろんなものが、色、音、感触、など いろんな形で気づかれては消えていきます。しかし、全体の気づきはいつもどこでも、あります。眼をつぶってもあります。目を開いていてもあります。 気づいている意識だからです。全体の中で気づかれていく そんな瞑想を感じる事が出来れば、自我であったとしても、どんなに春も楽しいでしょう。全体の中で、いろいろなものが体験されています。そして、消えていきます。春の流れを楽しみましょう。新動画です。↓ ↓※ ↓ 完売しました。全400名ありがとうございました。次の販売は今年の夏あたりです。※サロンはいつでも入会できます。新規もどうぞ。