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チョコミントの部屋

日々の出来事や感じたこと、おすすめ情報など綴っていきます。

1985年の夏、ロサンゼルスで約1ヶ月ホームステイをしました。


私たちのグループは13人


その中の1人は私のステイ先のご近所にステイしていて、両家は仲良し。どちらもデイケアで子どもたちを預かっていてよく合同でイベントをしていたので、いつも一緒でした。でも男性だったし、人見知りの私が打ち解けるのには時間がかかりました。


しかし、たくさんの思い出を共有するうちに親しみが湧いて家族のような気持ちになりました。


なので、帰国後も数年に1回くらいは交信してたかな?


更に彼のステイ先に、春にステイしていた方とも知り合い、その方が その後里帰りしたり脱サラしてアメリカに留学したりして、その度に私たちも連絡をいただいたりしてずっとご縁がつながっていました。


今年彼が定年を迎え、その方と一緒に里帰りすることになりました。


そして、今まさに両家のMommyたちと再会しています。


ラインで写真が送られて来ました。


なんて便利な時代でしょう。


なんならビデオ通話したいとこですが、事前にお断りしています。


会話に自信がないから。

もう何年も英会話してないし、言葉が出て来ない。


帰国後英会話が多少必要な職場ではあったけど、すぐに円高で白人系のお客さんが減りあまり会話のチャンスもなく、英会話のスキルアップをすることもなく、当時の英会話のレベルから全く進歩していないのが恥ずかしいです。


 当時も会話の1/3も理解してなかったかも。

1ヶ月のホームステイでは英語に聞き慣れるくらいでした。


1度ビデオ通話をしたことあるんですけど、あわあわしちゃって💦

日本語なら聞きたいこと伝えたいことたくさんあるんですけど。


いつか勉強して 自分の言葉で伝えたいと思っていたのに…


いや、今からでも勉強するかな~

最近はアプリとかあるしね。

 

4年後ロサンゼルスオリンピックに行きたいな。


私がロサンゼルスに行った1年前が前回のロサンゼルスオリンピックでした。カール・ルイスが活躍した時。オリンピック会場を見学したのを覚えています。


さて、次は誰との再会の写真が送られて来るかしら?

彼らのロサンゼルス滞在は2週間。 

楽しみに待ちます。

リビングの壁に掛けている日めくり。


ズボラだからいちいちめくらず、たまに好きな言葉を選んで飾っている。


最近はずっとコレ↓



K作さんという方の作品


私が初めて働いたコンビニの近くに引っ越してきたとおっしゃって、私と一緒にいた同僚と2人に日めくりを下さった。


その場で少し会話して、 表紙の裏に私の名前で作品 を描いて下さった。



貝殻は私の名前を隠す加工です。

頑張りすぎないようにがんばってください

と書いて下さいました。

その後太宰府天満宮の参道で作品を販売しておられましたが、あまりお会いすることはありませんでした。

そして何年か前に店を閉めてどこかに移転すると聞きました。

日めくりの寄り添ってくれるような言葉が好きでずっとリビングに掛けていました。

今3連休中でのんびりしながら、ふと日めくりに目が行って、そーいえばK作さん、今はどこで活躍されてるんだろう?と思ってネットで検索してみました。

すると、5年前に亡くなられたみたいでした。私たちよりそんなに年上には見えなかったけどな~

知人の方がブログで懐かしんでおられる内容からの判断なので不確かですが…

ご本人のブログはお店を閉められるとの告知で 止まっていました。

不思議なご縁でした。

今見ると言葉がしみます。

ご冥福をお祈りいたします。

お盆の時期に思い出すとは、きっとK作さん、自分の作品の居場所を回っていて、今年はわが家に来られたのかしら?なんて思いました。


作品ずっと大切にしますね。

ばあば:あのさ~、保育園のお給食で好きなものある?


まごたん:トマト


ばあば:他には?


まごたん:レタス、あとご飯の上に お肉のってるの。


で、ピン!ときた。保育園のインスタに載ってたお誕生日会のメニューが浮かんだ。






ばあば:それって、タコライス?

 

まごたん:そうそう、〇〇ちゃん、タコライス、大好き!


娘もインスタを見て似たようなタコライスを自宅でも作ったらしく、タコライスって覚えたらしい。ハイカラや。


わが家でもタコライスは夏の定番だけど、 ひき肉がスパイシーだからまだ無理かなと思ってた。


そうかひき肉の味を お子様向けにすればいいのか!


先日私のオムライスを完食してくれたから、今度はタコライスを作ってあげよう。


まだまだ好き嫌いも多く、遊びたいが食べたいに勝ってなかなか食事がすすまないまごたんだけど、いつかおかわりするくらい黙々と食べるようになって欲しいな~







21歳って、まだまだやり直せる年齢じゃないか!


この歳になったらそう思えるけど経験値が少ない故にやり直せる未来を想像できなかったんだろうか…


私だって子どもの頃から何回も死んじゃいたいって思った。


深刻に考えなければ、穴があったら入りたいくらいの出来事だったとは思うのだけど…


中高生の頃だってそうだった。


大人になってからも…


子育ての悩みも…


でも結局勇気がなかった。


もし、そうしたら どうなるかを考えたらできなかった。


もがいてもがいて切り抜けた。


そんな経験を1回もしたことない人なんて少ないと思う。


竹内〇子さんや三浦〇馬くんのような全てを持っているように思える人でさえ、そんな気持ちになる。


あなただけじゃない。


あなただけじゃない。


誰かに話す。相談する。

ネットで調べる。


生きていれば何か方法はある。


若い人が亡くなるのはほんとに悲しい。

お盆、正月、どこも混雑する中帰省される皆さま、お疲れさまです。


子どもが小さい頃、旦那は夜勤があり、接客業だから、土日祝日はむしろほぼ仕事。


でも学校は休みだから私は仕事を休んで子どもたちの相手。

まだ当時は車の免許を持っていなかったから、公共機関で移動。


当時はまだ島に帰る手段に飛行機もあったから、よく父がお金を出してくれて、飛行機で帰っていました。


しかし、小学生になる頃には飛行機が就航しなくなり、船で帰省。


盆正月は鬼混むので、ほとんどピークを避けて帰っていました。


飛行機は荷物を預かってくれるけど船はなし。


子ども2人連れての帰省はほんと大変でした。荷物にお土産も持って。


それでも実家に帰れば、ゆっくり眠れると思って帰っていました。


若かったな~。


娘はまだ子ども1人なのに、めんどくさがってなかなか自分 で 帰って来ない。


だから私たちが迎えに行く。

ぜいたくなやつ( ̄。 ̄;)

それがあたりまえになってる。


迎えに来てもらえる贅沢をわかってるのかしら?

老いた両親は結構きついんですけどね。

孫のかわいさが勝つから動かされている。


でも若い頃は自分も親にはしてもらって当たり前みたいに思ってたな~。今になってわかる。


ごめんね。

お父さん、お母さん。


 父は亡くなってしまったけど、母には感謝したことがある。


ちっともきつくなかったよと母は言った。 母も足腰弱かったからきつくなかったはずはない。


母も孫のかわいさが勝ってたんだよね。


ありがとう。


父は子育て真っ只中で亡くなったから、感謝の言葉を伝えられなかった。


どうか、皆さま、

親への感謝の気持ち、帰り際に伝えて下さいね。