ペースメーカーを入れることになったと言いましたが、実際には事後報告でした。
手術が終わってから報告がありました。
ペースメーカーという言葉は知っているけど、実際につけている人を知りませんでした。
だから兄嫁の話を聞いて少しずつ知っています。
まず、ペースメーカーは体内に癒着するまでは安静にしなければならないそうです。そして、胸の上から触って存在がわかるんです!なんかそれがお義姉さんにはショックだったそうです。
何故心臓の病気が発覚したかというと、久しぶりに献血に行って血液検査で異常値があり病院の受診を勧められて循環器科に行きわかったそうです。しかも、たぶん子どもの頃からのものだろうとの診断だったそうです。お義姉さんは3人子どもを産んでいます。よく今まで何もなかったねとみんなびっくりでした。
早く見つかってよかったねとは言うものの、お義姉さんはやっとできた孫と遊ぶことができず残念そうでした。ペースメーカーをつけているので左腕を上げることができないからです。
この手術があったのが母の1回目と2回目の間でした。
手術からしばらく経った頃パパのお母さんが亡くなりました。
その時に弔問に来てくれた姉がびっくりするほど痩せていました。
少し前から母の介護に帰るかどうか悩んでいたけど、お義姉さんの姿を見て心が決まりました。
この頃には母が2回目の入院をしてたかな。
兄もこの手術がきっかけで少し近くに異動することになりました。
兄にはお義姉さんのケアに力を入れて欲しいと 思いました。
(私とお義姉さんは仲良しです)
自分がくも膜下出血で倒れた後パパがいてくれることがとても支えになったので。
お母さんが亡くなったので、パパも私が1人で実家に帰ることに寛容になりました。 以前からパパが定年退職したら移住しようよと誘っていたのですが、お母さんが施設にいることが気がかりで前向きには考えてくれませんでした。しかも、ハードな職場から異動も決まりました。全ての環境がうまく進みました。
少し前までパパは出向先の仕事がハードで転職を考え始めていたので一緒に実家へとも考えたのですが、私の職場の店長が、そのパターンで老後貧乏になった人をたくさん知ってる。ご主人が継続雇用してもらえる間は働いた方が絶対いいよ!とアドバイスされとどまりました。私もその頃にはその方がいいと感じていたので、よかったです。
私は職場には前もって母の介護が必要になったら急に辞めることになるかもと伝えました。
私は2店舗かけもちしていましたが、どちらの店舗も辞めないで休職にしていただけることになりました。
そして母が大腿骨骨折で入院。
この入院の退院が決まったら島に帰ると職場に伝えました。
そして退院が決まり、シフトのキリのいいところで休職に入ることになりました。
それから退院までの間に家の掃除をしたり、パパの一人暮らしがスムーズになるように体制を整えました。
そして退院の前日に実家に向かいました。
かなり覚悟を決めて実家に向かったのですが、10日お世話したころ、また心不全を起こして再入院になりました。入院したら介護の必要はないので、私は自宅に戻りました。
息子の帰省も予定していたので。
私の本分はパパの嫁ですから、パパの世話をしないと。それに時々まごたんもみてあげないと娘のストレスも溜まる。
今度はいつ退院できるかわからないけど、最長3ヶ月しか入院はできないから、退院後のことも決めないといけません。また来月には戻って、話し合いをしたり実家の片付けをしたりする予定です。仕事もしないと私がボケそうだから仕事も探さないとな。
そんなこんなで、 母の介護はまだまだ続きます。