母の介護② | チョコミントの部屋

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母の世話は未婚の長女がしています。姉は小学校の教諭でした。数年前色々あって母の世話をするために早期退職をして島に戻りました。


実家から徒歩5分くらいのところに家を建てて住んでいます。長年一人暮らしだったので、母との同居は拒否(笑)


当時はまだ母も身の回りのことはできるけど、少し認知が入ってきていました。


姉は食事と買い物と通院の世話をしていました。


島に戻った姉は結構社交的で、向学心に燃えるタイプなので、島の友人からの紹介であれこれ習い事やボランティアをして趣味が増えていきました。


それとともに母の認知が進んだり、骨折(この時は肋骨だったかな?)したりして少し手がかかるようになりました。


姉は趣味と習い事とボランティアと母の世話でいっぱいいっぱいになり、不満がつのって、他の兄妹にも世話をしてと言うようになりました。


私にはもう1人姉と、兄がいます。


もう1人の姉は父が癌で闘病中、近くにお嫁に行っていたので、子育てと仕事をしながら両親の世話もしてくれたので、母の世話まではしなくていいよと言っています。もちろんちょこちょこは気遣ってくれます。


兄は仕事で遠くに赴任していました。兄は4年前に定年退職しましたが、5年は継続雇用してもらえるので当然続けることになりました。

このタイミングで姉が爆発しました。兄が定年退職したら帰ってきて母の世話をすると思っていたからです。 


兄と私の旦那は同学年。継続雇用してもらえるなら働きたいのは当然。しかも遠いから母の世話はできない。


姉は母を施設に入れたいと言いました。でも島で入れる施設はありません。


わかった、私が近くに施設を探してそこに入所させて私が世話をするよと言いました。そしてあちこち施設を見て回りました。


姉が言う予算の施設は古い施設が多く、認知がきてるとは言ってもまだまだしっかりしている部分もある母にはかわいそうだなと思いました。


で、その金額を施設に払うなら私が仕事を辞めて自宅で世話をしようかなと姉に言いました。


その頃には姉も爆発してみんなが考えてくれることに少し満足して冷静になっていました。


私のその金額を施設に払うなら…という言葉にハッとしたらしく、しばらくは黙って世話をしていました。


当時まだ年金をもらう前の姉は仕事もしていないし、ちょっとしたボランティア収入程度しかなく、退職金や貯金を切り崩して生活していました。家のローンはないので年金をもらうまではそれでいけると思っていたみたいですが、趣味や習い事にお金がかかり、ちょっと金銭的なことも考え始めていました。


姉は食事は母としてたので、食費は母がほとんど出している状態。

通院にも母はガソリン代と言って少し多めにあげてたはず。

それがなくなると困るということに私の言葉でハッと気づいたみたい。


そうこうしているうちに私がくも膜下出血で倒れて母を施設に入れる話しは一旦白紙に…

私も自分のことだけでいっぱいいっぱい。孫も私が倒れたすぐ後に産まれたし。


その後姉もしばらくは黙って世話を続けていました。


私の体調が落ち着いてきた頃、 またまた姉の不満がたまってきました。


なんとかしなきゃとは思うけど、母はまだ寝たきりでもないし、身の回りのことはできる。私たちが旦那や子どもの世話をするのと同じ程度のお世話しかしていない状態。

趣味や習い事が忙しくて母がじゃまに感じるだけだと思う。

そこで、他の兄姉と話して姉に報酬を払うことにした。


姉はモチベーションが上がると喜んでくれた。私たちはもう少し高額を提示したけど、姉は少しでいいと言って金額はまかせることにした。

姉が母の年金を全部使おうと、世話してくれるならかまわないとみんな思っているし、まあ姉はそんなことはしないと知っている。


それでここのところ文句なしだった。ただ 時々来て欲しいと言うので時々行くようにはしていました。


兄が継続雇用が終わったら、滞在はできないけど、頻繁に行くようなことを言っていたので、それまで私は時々行こうと思っていました。


ところが、兄のお嫁さんが心臓の病気が見つかりペースメーカーを入れることになったんです。