屋号ってわかるかな?
昔武士以外は苗字がなかったから同じ呼び名の人を区別するのが難しかったから家の家業などの特徴で呼んだもの(←ざっくり)らしいです。
私が子どもの頃、おばあちゃんはうどんの製麺をして生計をたてていましたが「かさや」と呼ばれていました。おばあちゃんちの近くの魚屋さんは「くじらや」と呼ばれていました。他にもあったと思うけど子どもの頃なので覚えてません。
ずっと後でおじいちゃんは傘を作っていたと知りました。おじいちゃんは父が14歳の時に40代で亡くなりました。おばあちゃんのお腹には赤ちゃんがいたのに。
かなり後で聞いた話、おじいちゃんのお父さんは更に若く20代後半で亡くなったそうです。
なので父は自分も早死にするかもと言ってました。74までは生きましたけど。
私がくも膜下出血で死にかけた時、父方の血筋かなと思いました。
話がそれました。
おじいちゃんは昔の時代劇で見るような番傘を作っていて母がお嫁に来た頃まではおじいちゃん亡き後おばあちゃんが引き継いで作っていたらしいです。ビニール傘の台頭で傘作りは廃業してうどんの製麺に力を入れたみたい。夏場は盆提灯、通年は仏壇用の造花も販売してました。女手一つで5人育てました。そしてずっと近所では「かさや」と呼ばれていました。
私の10歳年上の姉は造形が好きで水彩画や絵手紙や色々してましたが、最近かご編みにはまっております。
で、作ったかごを地元のバザーとかで材料費の元がとれないんじゃないか?くらいの値段で販売したりしています。その時の販売名を最近「かさや」にしています。
父もペンチと針金で色んなものを作るのが上手でした。流木を拾ってきてオブジェにしたり、庭いじり(今ならガーデニングだな)にはまったり、姉は父に似たのかな?
おじいちゃんの傘作りから続く造形の血筋。ちゃ~んと姉につながってますね。
私もひそかに「かさや」の復活を望んでいたのでうれしいです。
おじいちゃん、おばあちゃんも父もきっと喜んでいるに違いありません。