それで父が癌になった時のことを思い出しました。
娘が赤ちゃんの頃、私の両親を招待して長崎に家族旅行に行きました。
後に知ったのですが、その時父は癌かもと言われ数日後に精密検査をする予定だったみたいですが一言も言いませんでした。薬を飲む時に引っかかるような感じがあって受診したそうです。
私は子どもが2人とも小さくていっぱいいっぱいで父の様子まで気にしていませんでした。知ってからその時の写真を見ると父はあまり笑っていません。
検査の結果食道癌でした。
まず母と兄が癌って聞いたんだっけな?で姉たちと私に告知するか聞かれました。当時は告知しない選択もありました。
父も私と同じで病は気からなので言わない方がいいだろうということになりました。それから検査入院。でもね、検査入院した場所は、ザ癌病棟。処方される点滴や薬が同じなら嫌でも気づく。看護士さんや先生もうっかり言っちゃうってこともないとは限らない。先生からも前向きに治療して欲しいから伝えましょうと言われました。
聞いた父はショックを受けたようです。
手術の説明の日は長女と私が一緒に行きました。
今のようなステージというような表現はまだなくて、初期ではありませんと言われたのだけが記憶に残っています。
胸部を開きあばらを切って開き肺を一旦どけて食道全部と接続部の胃を1部切除し、肺をもどしてあばらを閉じてあばらのうえで切除して残った部分をつなげるという大手術でした。何故あばらの上でつなげるのかというと再発の際に処置がしやすいからです。
手術は朝早くから始まり予定時間を大幅に越えたように記憶しています。
みんなで待機室で待ちました。子どもたちはパパが家でみてくれてたのかな?よく覚えていません。
手術は無事に終わりましたがそれからは食べることとの闘いでした。
食道がないので少しずつ食べないといけません。ちょっと早く食べてしまうとあばらの上でつなげた部分あたりに詰まってしまいます。父がよく胸の上をさすって食べ物を胃の方へ移動させていました。当時2歳くらいの息子が真似していました。
赤ちゃんってよく見てますよね。
食べるのが苦痛で流動食の缶入りを購入しましたが、そのまずいこと😵健康な人なら飲めません。
私がくも膜下出血で入院して食欲が出ず食べられなかった時に高カロリーのジュースをつけてくれましたが小さなパックで色々な味があり美味しいとは言えないけど、飲みやすかったです。あの頃これがあったらなと思いました。改良されてますね。
胃も切除していたし、父はどんどん痩せていきました。
昔は癌になったらガリガリに痩せる人が多くて急に痩せられると癌かな?と思ったものですが、最近はガリガリになるほど痩せる方はあまり見かけませんね。父はそれからずっと太ることはなく、日常生活以外はつらそうでした。しばらくして腸閉塞にもなり腸も結構切ったのでよけい痩せたのだとは思います。
とにかくあれから20年以上経って研究が進み、手術方も随分変わったみたいですね。数年前桑田佳祐さんが食道癌と聞きましたが割とすぐに復帰されましたよね。初期だったのかな?と思いますが父ほどの手術ではなかったのだろうと思います。
色々な抗がん剤が開発され、色々な医療機器が改良され、あらゆる痛みに対応する薬が出来て、ステージ4、5でも完治する人がいる。今なら父はもう少し楽に長生きできたかもと思います。
でも亡くなった方がいて今の医療の発達がある。
癌に限らず他の病気もね。
私も数年前なら助からなかったかも。
今はほぼ告知されるみたいです。しっかり受け止めて前向きに治療できるように心の準備をしておきたいと思います。
癌で死ぬって不幸な気がしていましたが、私のように子どもが家庭を持ったらいつ死んでもいいし、期限がある程度決まってるから、苦しいかもだけど、きちんとお別れできるから不幸じゃないなと思います。看病する方も看病できたって思えば思い残すことないしね。くも膜下出血で死んだら家族にとってはなんもかも突然で中途半端だなって思いました。私の場合は痛みはなく倒れたからあのまま死んでたら本人は楽だったなとは思いましたが…(ピンピンコロリです)
子育て真っ只中や50代くらいまでは元気なら考えないと思いますが、早いうちに考えてもしもの時を考えておくのは大事なことだと思います。