第10話
リカも―――この中に。
助けなくちゃ。
リカは好きじゃない。でも小さいころからずっと近くにいて。うるさくて。
―――時々、優しくて。
「ランセット……」
どうしたらいいか分からず困るオレは、ランセットの顔を見た。
真っ直ぐな瞳で、ランセットは見つめ返した。
「助けるんでしょ?オイラもそう思うよ」
暫くの沈黙。
そしてオレは、心を決めた―――
「うん。助けよう!」
まずエレベーターからの脱出を考えなくちゃいけない。停電した状態が続いている。力でこじ開けるのは無理。(ないけど)爆弾とか使えば吹っ飛ばせるかもしれないが、あまり無茶なことをすれば、エレベーターを吊っているワイヤーが切れたりなんてことにもなりかねない。となればやっぱりこじ開けるしかない。
レッダーに目を移す。
身体はいいし力もありそうだけど…現実的じゃない。となればオレかランセット。どちらもレッダーより力が弱いと思う。三人で力を合わせるか…それとも…
――――いた!ライバーとトニーがいた。
「ランセット!この先は敵がいるとみて間違いないと思う!ライバーやトニーの力を借りた状態なら、この扉もこじ開けられるかもしれない。後はそのままの状態で突破して、あいつを助けたら直ぐに脱出!」
作戦にランセットはしっかりと頷いた。
「うん。だけど、同化状態は長くは維持できないから、気を付けて……!」
そう…それも。忘れちゃいけない。
そしてレッダーは…生身の人間だ。どこまで対処出来るか判らない。
―――ディール、行くよ。
ライバーの力と意識が流れ込む。全身に力が漲るような感覚。
指を扉の隙間に入れる。隙間と言ってもほとんどそんなものはない。押し付けて、摩擦で左右に引き剥がすイメージ。
ランセットはしゃがみこみ、オレの下で同じように両手の指を隙間にねじ込む。
「…せーのっ!」
ふんっと力を入れる。腹筋や足にも。最初は固かったが、その後はゆっくりと少しずつ滑らかに開いた。
幸い開いた先が壁ではなく、上下の停止位置が少しずれているが、扉だった。その扉も同じ要領で開く。だが、これはオレ一人。さっき試してみて、強化された状態だと結局のところ一人でも十分。ランセットは―――?
両手を水平に上げて、そのあと右手の人差し指で虚空を指して睨み付けていた。
多分。敵の気配をキャッチして足止めのジャミングを入れている。
3人は外に出た。
そこは、黒やグレーを基調にした花崗岩であしらわれたエレベーターホールだった。目の前にサインがある。階層表示は…49階。
すこし、煙の臭いがする。廊下が少し見えているが、石や瓦礫が所々に見受けられる。人のいる活気のある雰囲気ではなく、非常事態が起きているのがすぐに分かった。
「ディールキャプテン!オイラが止めてるうちに…敵を…!!」
そうだった!オレはダッシュで廊下に飛び出し、そのまま左右を視認する。そこには……
オーガー森林公園で襲ってきた奴らと同じ、黒ずくめの奴がいた。
…同じ奴かは判らない。
しかし、今は一刻を争う!オレはすぐに左の敵をショルダーチャージで壁にめり込ませ、そのまま右へ向かいスライディングで右の敵を転倒させる。
「ディール、それじゃあすぐに起き上がられるぜ…ふんっ!!」
レッダーがスライディングで転んだ敵の頸部を手刀で叩く!
ぴくりとも動かなくなった。
振り返ると、壁にめり込ませた奴も、さっきとは違う格好で倒れている。
……なるほど。
「じゃあ、ランセットは敵を捉えて足止め、オレが態勢を崩させる。レッダーがとどめ。それで行こう!」
ヒューっとランセットは口笛を吹いて、にやっとした。
「それでこそ、キャプテンだね!」
そうかもしれない…。オレは戦士じゃない。だけど、サッカーだと思ってみんなと協力すれば、どんなピンチも乗り越えられる。命が係ってるのは分かっているけど、自分にできる自分らしいやり方が一番力を発揮できるんだ。
今いる49階も協会のフロア…だが、リカがいると思われるのは51階。
非常階段を見つけ出して、そのまま上に上がるしかない。
「みんな、行くぜ!」
オレを先頭に、三人は走り出した。
廊下は、フロアの内周を囲んでいた。外周が部屋になっていて、そこにテナントが入っているようだ。内周は、まず出発地点のエレベーターホール。そして廊下を道なりに進むと、パントリーや自販機。そして出発地点とは反対側に付室の扉があった。
その扉を開くと貨物用のエレベーターホールがあった。清掃や運送等、業者用のエレベーターなんだろう。客用と比べるとシンプルで、傷もあちこちに入っている。角部にはぶつけてもいいように簡易養生がついていた。その脇に、中央がガラスになっている扉でA-STAIRと表示されていた。
階段だ。
このフロアには他に敵はいなかった。
だが、他に人の気配そのものがない。普段であれば、協会のフロアなんだから協会の事務員や研究員とかの姿が沢山ある―――んだと思う。
それに…エレベーターに閉じ込められていた際は多くの悲鳴が聴こえた。
単にテロであれば死体がそこらじゅうに転がってたり、怪我をして動けない人がいてもおかしくないはず。
途中の道には瓦礫や割れたガラス。天井の石膏ボードやその白い粉が散らかっていて、荒れ果てていた。明らかに争われた、異常を示す痕跡。しかし、被害者が全くいない。
テナントの中にいるのかもしれないが、それを探す余裕はほとんどない。それに、トニーと同化したランセットが、無人であると断定していた。そう広い範囲ではないようだが人の思念波等をキャッチできるようで、このフロアにそれが感じられないと本人が言うのだから、わざわざ否定して生き残りを探す必要はない。何よりこのモードは消費が激しく、時間制限付き。リカを助けるという最低限の行動に意識を集約しないと、全滅の恐れがある。
ちなみにランセットのサーチ可能範囲は、大体このフロアの半分ぐらいだそうだ。
これなら、敵を先制攻撃出来る確率が大幅に増え、不意を突ければ勝てる確率が飛躍的に上がる。ただ、上下のフロアまではわからないそうだ。そもそもこの能力が空気を介してなのか電波の類なのか性質がよく分からない。
とにかくオレたちは階段を上った。50階をとばし、51階へ。
附室の扉を開けると…あちこちで小さいながら火の手が上がっていた。とはいってもビルは木造じゃない。カーペットの一部が燃えているだけ。不燃繊維でできているのか、あまり燃え広がってはいない。
ランセットが意識を集中し、サーチを始める。
「5…6人。気配がある。少し離れているのか、あまりよく分からない…」
「ランセット、もう少し分かんねぇのか?お前たちの知り合いがこのフロアにいるかいないかだけ分かれば、無駄な戦闘も避けられるし、時間も大幅にセーブできるだろ?」
レッダーの苛立ちも分からなくもない。だが、この能力が使えるのはランセットだけ。ランセットにしか分からないことだ。
「もう少し、やってみる。―――いた!あいつ、このフロアにいる!!……えっ?!」
その瞬間、ランセットは頭を抱えて苦しみ出す。
そして倒れ、髪を掻きむしりながら悶える。
「ぐあああああああああーっ!!」
これは……?!
オレとレッダーは焦りを隠せない。
―――敵にも、同じ能力の使い手がいたみたいだね。
ライバーの声が頭に響いてくる。
―――ランセットのサーチはキャッチされて、捕まったんだ。相手にロックされて、精神攻撃されている。早く術者を倒さないと…!!
オレは思うより早く、廊下を駆け出した。
「おい、ディール!どうしたんだ?!」
遠く後ろでレッダーの声が聴こえる。しかし、1秒でも早く術者を見つけて倒さないことにはランセットが良くなることはない。場合によっては、このまま……!!
術者がどこにいるかは分からない。なら……とにかく、敵を見つけたら全員倒せばいい。リカを助けることにも繋がる。
きぃぃぃぃぃぃぃ、がっ!!
後方の防火シャッターが下りた。規模が小さいとはいえ火災が発生している。
レッダーやランセットと隔離された。だが、振り返る余裕はなかった。
今オレがやらなくちゃいけないことは変わらない。
一人で…このテロリストたちを相手に…
「…そうだ!」
オレはポケットからバンダナを取り出した。
元々は、オーガー森林公園で襲われたときに助けてくれたお兄さんが頭に巻いていたもの。
オレはバンダナを折り畳み、自分の頭に巻いた。
少しだけど気合が入る。そして、精神的に安心できた。
これで強くなったわけじゃないけど、強くなったつもりで自信もって行動しなくちゃ。
オレが失敗すれば、みんなやられる。殺される可能性も十分ある。
廊下を進み最初の角を曲がると、扉が空きっぱなしの会議室の前を通りかかる。
瞬間。覆面の男2人と目が合う。
どうする…?!
―――後から合流された方がまずいよ。今のうちに叩いといた方がいいよ。
うん、確かにそうかも…でも、どうやって?
オレは心の中でライバーに問いかける。


