第9話
窓から柔らかい光が差し込んでいた。眩しい朝の陽の光とは違う、しっかりとしているが落ち着いた光。もう昼時なのだろうか?
ぐっすり眠りまくって、頭はすごくすっきり冴えて、気持ちいい。
今は何時なのだろうか…
辺りを見回すと、壁に掛け時計があった。11時45分。
もうすぐお昼じゃないか。
なぜか同じ布団でレッダーが変な姿勢で寝ている。多分、自分のベッドから落ちてきたものと推定される。
ランセットも大人しく、まだ夢の中。二人とも眠っていればかわいい顔なんだけどな。
さて、今日はこれからどこに行こうか…何をしようか………
「遅刻じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!!」
オレの絶望的な絶叫で目を覚ました二人と二匹は、同じく絶叫して頭が混乱していた。
とりあえず少しでも早く辿り着かなければならない。朝メシはもちろん抜き。顔を洗って、適当に歯を磨いて、ダッシュで服に着替える。レッダーは後ろ髪を縛り、前髪は整髪料を付けた手で搔き上げ、いつものスタイルになる。そこはゆずれないということなのだろうか。オレはリュックを置いていくことにした。少しでも身軽にして、ダッシュ出来るようにする為だ。最低限必要なものはライセンスカードとライバーだけ。財布とケータイだけは外せないので、ズボンのポケットに滑り込ませる。
あとは……
銀髪のお兄さんからもらった青いバンダナは、何も入っていない後ろポケットに入れる。
全員身支度を7分で終わらせ、中心街へ向かって走り続けた。
ここからならバスもある。タクシーを拾うことも出来る。
しかし、昼時の中心街は死ぬほど渋滞するし、信号も多く、道も入り組んで複雑だ。だから、走ったほうがマシなのだ。
今日は平日だが、国で一番大きな街だけあって、人込みはあちこちに発生し、移動はさらに困難になる。普段そこまで観ることのない、圧倒するかのように建ち並ぶ高層ビル群。時として地下を、そしてビルの中を、はたまた地上を。レッダーの案内に従って、ルートを切り替えながら移動する。
そして12時28分。スカイブルータワー2Fエントランス前に辿り着いた。
ダークブルーの落ち着いたオシャレな外装に、ほぼ鏡に等しい熱線反射ガラスがぎっしり。それが58階層もあるそうな。圧倒される高さだ。
ここが2Fなのは、ペデストリアンデッキを渡ってきたからだ。車道と立体的に分離された、そこそこのイベントも行えるほどの広場に近い大規模なペデストリアンデッキ。
テナントとして飲食店も多く構えているせいか、広場やビルの中にはサラリーマンやOLの姿が多く見られる。デッキには出張して弁当を販売しているおばちゃんもいる。
今は丁度お昼時。一番混むのは12時ジャストなんだろう。今は既に半近いが、まだピークの時間帯だろう。
朝ごはん…というか昼ごはんは抜いているが、お腹は空いていない。寝起きですぐ走って来たからだと思う。とにかく今は少しでも早く合流しないと!
まだ長ったらしくオリエンテーションとかしてくれていたらチャラに出来るかもしれない……!?現在158分遅れているけど。
それとも、もうお昼なのかなぁ……いや、お昼は13時からかもしれないしなぁ……
そんなことを考えながら。オレたちは高層階行のエレベーターを探して乗り込む。床は大理石。磨かれたヘアラインステンレス。
低層用、中層用、高層用。行先階に応じて、停止階が決められているエレベーターが用意されている。これで混雑が緩和されているのだろう。地下3階から地上58階まで、全フロアに停止するエレベーターなんてたまったもんじゃない。
マインドの協会が48階と49階。レッダーが抽出のために用がある、メリグロウォスのマインド研究所は53階。オレとランセットが行かなくちゃいけないのは51階の多目的ホール。これもマインド協会のフロア。
あとは最上階2フロアに大手国際弁護士事務所。真ん中近いところに大手ファーストフードチェーン店の本部や、芸能プロダクションまで入っている。オレたちは51階。レッダーは53階。ここでエレベーターを降りた後はしばらく会えなくなるということか。
オレたち以外に乗り合わせはいなかった。オフィスがほとんどだと思うから、昇りで混むのはお昼休憩終了の13時前なのだろう。
エレベーターは静かに上昇を始める。静かだが、現在階の表示はすごいスピードで変わっていく。
がくっ。
エレベーターの中は暗闇に包まれて、物凄い重力に押しつぶされそうな上からの衝撃が全身を襲う。
「おべぶっ?!な…なんやこれ…」
トニーはうつ伏せでそう言った。
オレたちもまともに立っていられず、一気に手と膝をついてしゃがみこんでしまう。
「あいたたたた…と、止まった?!故障しちゃったのかな?こんな時に!」
ランセットはそう言って、トニーの身体を起こし、背中をさすってやる。
ライバーもうつ伏せになっていたので、オレもライバーを起こしてあげる。
「痛いところないか?ライバー」
「ミ…ミユ…」
少し辛そうだった。とりあえずオレはライバーをハグしてなでなでしてあげる。
「一体、どうなっちまったんだよ?!」
レッダーはエレベーターのコントロールパネルにある非常通報のボタンを押す。
しかし、反応はなかった。
こういう通報ボタンは、その建物の防災センターをとかに通じていると思うけど…?
エレベーターの中は真っ暗。電源が落ちている。
「停電か…しばらく待ってれば復旧するんじゃないかな?多分、停止してることは遠隔で管理に伝わってると思うし」
そう言ってオレは天井を見上げる。
こういう時はエレベーターの天井のハッチから脱出して…みたいな古い映画を、昔観た記憶があるが、天井には何もない。脱出不可能。
ふう……
その場に座り込む。
「たしか49階とかそれぐらいだった。あとちょっとだったのにな!」
悔しそうに言うレッダー。若干むすっとした表情だ。
「……そうだ!」
オレは一瞬何かを閃いてケータイを覗く。
「くそっ…圏外じゃねぇか!」
電波ゼロだった。エレベーターの中だと電波が遮断されてしまうのか。はたまた超高層だと地上の基地局から届かなくなってしまうのか。しかし、これほどのビルならどんなケータイも電波が通っているような気もするが。
これで、外部のどこかに連絡して助けを求める手段もなくなった。
しばらくの沈黙…。
どごごごごごぉん!
振動を伴うほどの轟音が響いた。爆発のような。
そして、非常ベルの音が鳴り響く。
女の人の悲鳴や、男の人の怒鳴り声。たくさんの色んな声が聴こえている。一つ一つの言葉は聴き取れるほどではないが、負の感情に満ちているのは明らかだった。騒然とする、とはまさにこのこと。
「火事か?!まずいんじゃねぇの?!」
レッダーは焦っていた。もちろん、オレも同じ気持ち。
火事だったら一刻も早く逃げなきゃいけないのに、エレベーターに閉じ込められて焼きディールになるのは勘弁してほしい。
今のところ、煙の臭いやそれらしい気配は感じられない。他の階で火事が起きている可能性もある。
「オイラのケータイも圏外だよ…どうしよう?」
疲れた声で絶望するランセット。
しかし…
ぱんっ!銃声が聴こえた。
オレたちは息を呑んだ。
誰かに殴りかかるような声。物が崩れる音。ガラスが割れる音。これは……
「火事じゃなくて、テロリストの襲撃ってやつなのかもしれないね」
やや潜めた声でオレは二人に言った。
「だとしたら、ケータイが使えないのは、何か外との通信を妨害する電波が発信されているからなのかも。停電もおそらく。エレベーターを停めてしまえば、逃げる奴も助けに来る奴も、全て階段を使わなくちゃいけなくなる。こんな50階近くまで階段使って助けに来る奴はそうはいないだろうしね!」
「なぁ…だとしたらよ?俺たち、ここにいる限りは暫く安全なんじゃねぇの?」
う~ん…レッダーの言うことも一理ある。
オレたちみたいな子どもが3人いたところで、対応できる限界を超えすぎている。
―――女性の悲鳴が聴こえる。泣き叫ぶ声は途中で消えた。
事態は深刻にまずい。でも、一体どうしたら…
「ディール…」
ランセットの顔には一筋の汗が流れていた。
「あいつも…ここにいるんでしょ?」
あ…。
オレは思い出した。今日来る参加者の中にはリカもいたことを。
