第8話
ライバーとトニーは公式には摂取するのは水だけでいいことになっているが、おばさんが勝手にミルクを用意した。二匹ともそのままおいしそうに飲んでいたから……まあ、いいのだろうか。
「ディール君はどうしてメリグロウォスまで出てきたの?やっぱりサッカーの試合か何か?」
お腹いっぱいになって落ち着いて。おばさんはオレにそう尋ねた。
「明日から、マインドのマスター研修があるんです」
「え?!じゃあ、ひょっとしてこのネコちゃんたちが……?!」
ビックリして、おばさんはトニーとライバーに目を向ける。すると…
「わいはネコちゃんやないっ!タヌキ型マ…しまった間違えた!!!ネコちゃんや!」
「もう。どっちでもいいよ」
諦めたようにランセットは呟いた。
「じゃあ、あなたたちも明日はスカイブルータワーへ行くのね!」
おばさんは明るくそう言った。……も?
「レッダー、明日一緒に行くお友だちが出来て、よかったわね!」
おばさんはレッダーに向かって言う。
スカイブルータワーは、メリグロウォスの高層ビル街の中心的なシンボルで、階層が地上58階だったと思う。色んな会社の本社とか、地上付近にはお店も沢山入っている。
その中にマインド協会の本部や研修施設なんかが沢山入っていたと思う。
「レッダーはマインド持ってないけど、他に何か用事があって行くっていうこと?」
オレも気になる疑問をぶつけてくれたのはランセット。
「へっへっへ………」
そう言いながらレッダーは後ずさりし…
リビングを出ていった。
だっだっだっだ…。
階段を駆け上がる音が聴こえる。ややあって―――
どたどたどたどたどた。
ダッシュで階段を駆け下りる音が響き、再びレッダーが現れた。
「へっへっへっ…」
そして手にされているのは、オレやランセットも持っているマインドマスターのライセンスカード。
「俺、明日抽出に行く予定になってるんだぜ」
「そうなんだ」
興味なさそうにぽつりとランセットが漏らすと、レッダーは少し悲しそうにした。
「でも、すごいじゃないか!なかなかガンバってもそうそう貰えるものじゃないんだからさ!レッダーすごいよ!」
と、ガンバって笑い、オレはレッダーを励ました。すると途端に元気になった。
「そうだろ?うちの学校で持ってるの俺一人だけなんだぜ?実技は自信あったけどペーパーは死ぬほど頑張ってやっと合格できたんだ!サッカー部の後輩たちからも、すごい羨ましがられたんだぜ」
自慢された。
「ということで明日は俺もスカイブルータワーへ行くわけ!フロアは違うだろうけど、同じとこなんだから一緒に行こうぜ!」
と言って、オレとランセットを嬉しそうにハグした。
特殊な難しい資格なんだ。同い年で持ってる奴なんてそうはいない。一緒に行ける仲間がいるのは、きっと嬉しいんだと思う。
オレは正直、これまでレッダーとは何度か顔を合わせて練習試合をしたことはあったが、遊んだりしたことはなかった。そこまで親しい間柄じゃなかったけど、面白い奴だと思うし、もっと大好きになった。きっとランセットだって気に入ってるはず。だから三人で行けるのはオレも楽しみだ。
「じゃあみんな、歯を磨いてさっさと寝なさい!明日は私も早朝からパートの仕事に出かけるから、起こしてやれないわよ?」
おばさん、働いてるんだ。…コンビニとかスーパーかな?
「ママ、こっちは10時からなんだぜ?いくら寝坊したって遅れるわけねぇだろ?!」
その通り。ここからだと歩いて30分かからないだろう。
逆に10時スタートに遅れようとするならオールでもしない限り難しい。
それから歯を磨いて、二階のレッダーの部屋に集まった。オレとランセットは部屋着まで持ち歩いていなかったのでシャツにパンツ一丁。レッダーはタンクトップに短パン姿だった。ベッドにはレッダー、そして床に布団を二つ敷いてもらった。時間はなんだかんだでもう22時を過ぎていた。今日は家を出てから…というより家を出る前から眠れなくて、そのままフィリス先生の所で抽出して。オーガー森林公園で変な奴らに襲われて…。あ。時間見て警察にも行った方がいいかな。こっちは被害者なんだし。
ただ、その証拠や犯人の情報はほとんどない。
難しいのかな……?もう、オレはクタクタだった。
部屋の電気を消して。暗くなる。
外の月明かりが少し窓から入ってくる。
お風呂にも入って、ご飯もいっぱい食べて。すごく気持ちがいい状態だった。
ライバーとトニーはもうそれぞれ丸くなって眠っている。
「なぁ…ディール」
横になったまま声だけで会話を始めるレッダー。
「俺、ずっとお前と友だちになれたらなって思ってたんだ」
「うん……オレもそうだったよ」
「…二人は、どうして遊びに行ったりしなかったの?オイラだったらすぐメアドと番号交換するけどな」
「おまっ…それ、女の話じゃねぇのか?」
「まあ、そうだけど、そうじゃなくてもそうでしょ?」
レッダーは少し考えた。
「…学校違うし、住んでるところも離れているし。ディールにはチームの仲間が沢山いたし。―――同じ学校だったら声かけてたと思う」
「……うん、そうだね。学校も出てしまえば、住んでるところも変わってしまえば、そんなの気にならないものなんだろうけど」
うまく、まとめられない。
「オイラは小さいころからディールと同じクラスで、家も近いし、一緒に帰ってた。親同士も仲良くて。だから、いつから友だちになったとかは思い出せないなぁ…」
ランセットはいつも一緒だった。一緒なのが当たり前になっていた。
「いつも一緒なだけが友だちじゃないってことかな?―――オレはレッダーのこと、すごいストライカーで、フィジカルも強くて。かっこいいなって思ってた。同じチームの仲間といつも楽しそうに笑っていて。賑やかで。あんな友だちが一人いたらいいなって。それはランセットと一緒じゃ楽しくない、ってことじゃないんだ」
「まあ、お互いキャプテンだったし。サシで話す機会もなかったしな。俺も、ディールは頭が良くて優しくて…いい奴だなって思ってたぜ。うまく言えないけど、気に入ってた!だけどもしサッカーでたまに一緒になる時以外も付き合うと、わざわざ会わなくちゃいけなくなるし、俺にもディールにも、それぞれ友だちはいっぱいいたから。無理に手を伸ばさなくてもいいやってのがあった」
そう。気にはなってたけど、無理に手を伸ばす必要はなかった。
「でも、今日たまたま会って、急に泊めてもらって…少しの時間だけどすごく楽しかった。オレは、どうしてレッダーともっと早く友だちにならなかったんだろう?って思った」
「ほんっと助かったよね~オイラもディールも。マインドもみんなバテバテで死にそうだったから……急に泊めてもらえるなんて。思ってもみなかったよ」
「気にすんなよ。友だち泊めたり、泊まりに行ったりってのはよくやるんだ。それにディールの足も心配だったし。色々話す機会も出来たらなっていうのもあったし」
「レッダー、オイラのことはどうでもよかったってこと?」
ランセットの皮肉に、レッダーはいたずらっぽく笑いながら言った。
「ああ、そうだな!でもお前、面白い奴じゃないか。うまく言えないけど、今日俺はお前のことも気に入った!」
「もう…いーよーべつに」
ランセットの声は、どこか楽しそうにも聴こえた。
「でもレッダー、どうしてそんなにマッチョなの?」
オレの問いに、レッダーは軽く笑いながら答える。
「ずっとジム通いで筋トレしてるんだ。ジムって言っても小さな個人のところでさ。俺のじいちゃんがやってるんだ。若い頃は超一流の格闘家だったって聴いてる。その影響で、小さいころからじいちゃんには格闘技とか仕込まれてた!俺の他にも、いとこに女いるんだけどさ、そいつまで駆り出されてな!」
幼い頃から格闘技……それはいいのか悪いのか。恵まれているのか損なのか。受け取る人次第の難しい問題かもしれない。
「でも俺がやりたかったのはサッカーだったからな。サッカーを本格的に習い始めてからはジムもそんなにみっちり入れなくなった。入っても、サッカーであまり使わない上半身の…胸とか肩とか背筋とか。コアトレを重点的にしていたんだ」
「ふぅ~ん…そうなんだ!オレも今度ジム行ってみようかな?」
「オイラも行ってみたいな!」
「おう!じいちゃんとこなら多分タダで使わせてもらえるから、今度みんなで行こうな!」
遊ぶ約束が一つ出来た。
ジム通いで筋肉つけたいというのは年頃の男の子なら誰でも憧れること―――じゃないかなぁ?
「俺はランセットに訊きたい」
急にレッダーはランセットに質問する。このパターンは珍しい。
「どうやったら、そんなにセフレが出来るんだ?」
か、彼女じゃなくて…?!
「別に。そんなにって言っても3人くらいだよ。それに、タイミングが合ったらで、いつも定期的にやってるわけじゃないよ」
「だから!そこが謎なんだよ」
「謎って言っても…後輩の女の子からやろうとか言われたり、街でナンパしたり、合コンで知り合ったり…」
『合コン?!』
オレとレッダーは声をダブらせた。一つ一つの言葉に突っ込みどころはあるが…これはオレでも知らなかった。
「ディールもレッダーも、サッカー部のキャプテンだったんでしょ?そっちの方が棚から牡丹餅でしょ?」
「うん…まあ。オレもサッカー部のマネージャーやってた奴と、去年ちょっとだけ付き合ったりしてたかな」
ちょっとだけの間…。うまく噛み合わなくて流れてしまった苦い思い出。
「そうそうそう!サッカー部のマネージャーやる女ってさ、105%くらいの確率で男目当てだろ?」
微妙な表現だな…。でも―――
「確かにそうだよな。好みの男と付き合えなかったら辞める。付き合ったら付き合ったで身内にバレて気まずくなって辞める。どっちにしろ辞めるんだよな~」
「わかるわかるわかる。純粋にサッカーやりたくて来るマネージャーなんていないよな。やりたい奴は女子チームの方に入るしな!」
話は盛り上がり、その後もどんどん続いていった。
結局、何時に寝たのか、どこまで続いたのか思い出せない。
気が付くとオレは、深い眠りに落ちていた。
