ボクは発達障害の当事者

 

自閉症スペクトラム(ASD)と診断されていてうずまき人とのコミュニケーションが苦手ヒヨコ妙なこだわりがありコアラ独自の世界観を持っている異世界の住人ですおすましペガサス

 

簡単に言うとヘンなヤツニヤリ

 

ちなみに、文章で何かを伝える能力はメッチャ低いカキ氷

 

度々書いてることでもあるけど、


ASDが共感してくれない問題についてヘビ




ASDの配偶者がカサンドラ症候群に陥る大きな原因の一つでもある問題なんだけどね…キョロキョロ




ボクはASDでありながら、人の望むリアクション方法を知識として知ってます。幼い頃から人の顔色を伺いながら過剰適応しまくった結果、身につけた知識というか技能だおばけ


だから、外に出たらボクはちゃんと見極めてるよ。

共感を望んでる人には、適切に共感してるように振る舞ってる。


「大丈夫?たいへんやったねぇ」とか、

「そんな事があったの?辛かったよね」みたいなヤツねコーヒー



そうなんです(^^)ボクは社会に出ると完璧なまでに「普通人間」をできてるんですよね口笛空気を読めてるように見えてるし基本的に誰からも好印象を持たれてる。



俗に言う「隠れアスペルガー」と呼ばれるやっかいな人種だ。




じゃあここで疑問なんですけど、


普段の社会生活では、人に共感する適切なリアクションをとってるのに、何故か妻に対してはその「共感行為」というのができなくなるカエル



↑不思議ですよねキョロキョロ



ということで今回は、この疑問についての話です✨




そもそも、

ボクは一般的に言われる「共感」という行為。

マジでムダだと思ってる。


この場合の「共感」というのは、


愚痴ってる人に対して、「大変だったね〜」「辛かったね〰」とかって相手の立場に立って声をかけてあげること。

つらそうにしてる人に、手助けするつもりもサラサラ無いにも関わらず「大丈夫?」って声をかけてあげるのも共感ですね。



そういう行為がなぜムダに思えるのかと言うと、

ボクたちASDにとって、言葉のやり取りというのは、情報交換や問題解決のための手段だからだ。


まず、共感を求めてる人ってのは必ず何かの問題を抱えてるわけなんですけどね、(誰かに酷い事言われたとか、つらい目に遭ったとか)



それ、相手の立場に立って適切な言葉をかけたところで、その人の抱えてる物理的な問題は何も解決しない。その上、情報量もゼロだ。解決するのはその人の「共感されたい欲求」だけ。


情報交換とか問題解決という価値観に於いては何の成果も得られない…だからムダだと認識してしまうおばけ



いや、一般的な人が「共感されたい欲求」ってのを満たされたいと思ってるのは知ってるよ。共感されることに強い意味合いを持ってるのも知ってる。



でもね、相手が問題提起してきてるのはあくまで、誰かからの被害とか辛い状況でしょ。その場合、ボクらの言動はそれらを解決するための行動であるべきだと思ってるんですよねキョロキョロ


(もしね、ボクに共感を求めるのなら、

「あなたに共感してもらえなくて辛いの〜」って言いよってくるのが筋だ。そしたらボクは自動的に「そうなんや(^^)大変やね〜」って共感的リアクションしてあげるよウインク




ボクにとって共感という行為は、成果ゼロ確定アクションであり、エネルギーの無駄遣いなんです。そして強いストレスを伴う苦行でもある。


それ以前に、ボクは他者から愚痴を聞かされる時点でフラストレーションマックスなんです。

↓これニコニコ



簡単に言うと、

ボクはグチグチ言ってる人が生理的に受け付けない。

それに共感しなければならないのが苦痛。


口笛



じゃあ、そんなボクが社会に出たら、

なぜ人々の希望通りのリアクションをして「共感」してあげているのか?




これは、ASDの生存戦略だ。


周囲の人の望むようなリアクションをしなければ、ボクらはその社会から抹殺される。

「共感してほしい欲求をもってる人」に共感してあげなければ、社会から弾き出される。


そういう恐怖感に浸されて生きてきてるから、

周りの人と同じような行動をして、普通の人を演じてしまうんですハロウィン



例えば「共感」という行為がどれほどの苦痛を伴ったとしても、ボクらはこの社会で生存するために、仕方なくこの社会の「あたりまえ」に従ってる。



ちなみに、ボクぐらいベテランASDになると、

「共感」を強く要望するあまり、過剰に「辛いアピール」「かまってアピール」してくるヤツとかも容易に見分けがつく。

そういう人、視界に入るだけでイライラするんですけど、内心「マジで鬱陶しい」と思いながらもちゃんと共感してあげてるえー…ボク優しいでしょニヤリ




そこで本題、

妻に対しては共感できなくなる理由ヒヨコ



家に帰ってまで辛い苦行をしたくないってのもあるけど、


それ以前に、



親密な人ほど、問題を解決しようとしてしまう。


さっきもチラッと書いたけど、

ASDは基本的に、人から愚痴を聞かされたり相談をされたとき、「共感」するのではなくて、問題を解決することに重点を置いてます。

それはボクらが「会話」を情報交換のための手段だと位置づけているからだ。



例えば、

ボクの妻が近所トラブルに巻き込まれてると知らされたとしたら、そのトラブルを解決するための対策方法を試行錯誤して助言したり、時にはボク自身が率先的して行動を起こしトラブルを解決に導こうとする。


↑こういうのが本来のASDの反応であり、妻に対してボクが考え得る最も誠実で善意のある行動なんですよキョロキョロ

まさか妻が、ただ単純に「共感」がほしいから近所トラブルをボクに報告してきてるなんて1ミリも思いつきもしないコアラ



で、


その結果、妻からの強い怒りや反感を買うことになる。


「共感してほしい妻」と「問題を解決しようとするASD」、全く想いが噛み合わないんですね😅




それじゃあ、ボクの視点に立って共感して考えてみてくださいねウインク



まず、ボクが妻のために最大限の善意をもって問題を解決しようと行動を起こすわけです。


それに対して、まさかの妻の怒り爆発だ。


妻のために、純粋に誠意をもって行動したのに、「え〜!なんで怒ってるの!?」ってパニック状態になりますよねカエル



こうやって、ボクの善意を妻から踏みにじられ続けると、


妻とどうやって接して良いのか?

何のリアクションするのが正解なのか?

とかが分からなくなるんですよねキョロキョロ


それが慢性化すると、妻からの相談を受け付けるのも恐怖や不安に変わる。

ただでさえ、ボクらはコミュ症で、人と対面するだけでも大量のエネルギーを使ってしまう。

もう妻の愚痴、聞きたくもなくなりますよ口笛

そのうち、助けてあげようって気持ちも失せていく。





コレ、よく見かけるけど、

「ASDの夫が共感してくれない、無視される」みたいな状態、たぶんカサンドラあるあるなんでしょうけどね、


ASD夫の善意を、無神経に踏みにじってきた結果そんな状態になってるって事はないでしょうか?




妻側と夫側、どっちが正しいとか間違ってるとか言ってるんじゃないですよ、

ただ、自分の純粋な善意を、相手に邪険にされ否定されたら悲しいし辛くなって当然だと思いませんか?

少なくともボクたちASDはそういった辛い経験を積み重ねて生きてきてる。



その結果、ちゃんと妻と向き合うことができなくなっていく。これ、少しだけ想像力を働かせれば簡単に想像できるでしょコーヒー



…って、共感が得意な定型発達の皆さんはちゃんと理解できるんですよねウインク





最後に、


ASDが、外に出て他人に対しては共感してあげられるのは、ASDの生存戦略の結果、そうなってしまってるだけだ。ホントはそんな事したくはないですコーヒー


そして、相手の発してる言葉の裏側に「共感してほしいって欲求」が隠れてることに気づきもしないです。だってボクら、空気読めないからねおばけ



じゃあASDに、

人々は共感を求めてるんだよって教えてあげたとしたら?


共感できるようになるのか?


って、そんなレベルの話でもないですよヒヨコ

 


「普通は共感してあげるのが正解だ」とか「私のこと理解してよ!共感してよ!」って言われたところで、(実際に言われたことあるけど)



ボクなら、「なんなんそれっ!ボクにとってそんな不愉快で無意味な価値観を押し付けないでくれ!ボクは、あなたの機嫌を取って満足させるために存在する道具じゃないよ生ビールわけのわからんルール通りに受け答えする茶番って何がおもろいねんっ!」って思ってしまう。


誰かからのコントロールを異常に嫌悪してるんですよね。



確か、

定型発達者の表現で「自分の機嫌は自分で取りましょう」みたいなのありませんでしたっけキョロキョロ


純粋に、そうしたら良いのにって思う…宇宙人くん