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【小説】主人公、彼女に代わりまして

突如、世界の主役になった悠(ゆう)。
創造世界の異変と現実世界に訪れる崩壊、それぞれの思惑で動き出す創造者達、そして彼女の最後の言った言葉――

「だって、私が悠を殺したんだから」

すべての運命を託された少年は世界の終わりになにを見るのか

「やめさせたいなら止めればいいじゃない」
「お前なにやってんだ!」

目の前でこれだけの事が起こっているのに飄々と余裕な態度でこちらを見ている春香に問いかけた。
そうしてるうちに公園に鈍い音が響く。
巻谷のバッドがさらに染まり、地面の血溜りがその面積を広げる。

「あ~あ、また見過ごしちゃった。よっと」

遊具から軽やかに飛び降りる。
助けを求めてきた本人が、無事どころかこの惨劇の中を余裕の笑みで練り歩いている。これをどう理解すればいいのか、なんて声を掛けていいのかわからない。

「学校で習わなかった?わかっててただ見てるだけの人も悪い人なんだよ」
「お前…なに言ってんだよ、ってかなにやってんだよ!俺、お前のメールみてここに来て……なんなんだよこれ!」
「何って、見ての通りでしょ?」
「お前、なんでそんなに落ち着いていられるんだよ。殺人だぞ!」
「うん、そうだね。それがどうかした?」
「どうかしたって……」
「巻谷君は被害者なんだよ?当然じゃない。でもってそこに倒れてる3人も今は被害者。それじゃあ今この中で悪い人は誰なんでしょ~」

春香まで巻谷と似たような事を言い出す。なんだよその超理論、本気で言ってんのか?絶対おかしいだろ。この混沌とした状況下でなにもしてない俺だけが悪者だとでも言い出してもおかしくないくらいのその態度はなんなんだよ。

「ねぇ長瀬君。僕がいじめられてること、前から知ってたよね?」

春香と会話しているうちに巻谷が背後に来ていた、ていうかバット振り上げてるし!驚いた僕は足をもつらせお尻から倒れてしまった。

「見て見ぬ振りは同罪、長瀬君も僕をいじめてた一人なんだぁぁ!」

まずいやられる。
思わず目を閉じ、反射的に手をかざす。
馬鹿っ!動けっ!逃げろっ!これじゃ殴られる準備万端じゃないか!
そうは思っても体は動かず、半ば諦めてバットの衝撃が襲い掛かるのを待ってる自分がいた。そして―――
助けて日野山…こぃん??日野山こぃん……日野山…日ノ山公園、助けて陽ノ山公園!
ベッドから跳ね起きると上着を羽織り部屋を飛び出した。

助けてってどういうことだ、さっきから電話も鳴らしてるけど全然でない。これでもし『冗談でした~、てへっ☆』とかだったらたち悪すぎだぞ。よくわかんないけどとにかく行くしかない。俺は公園に向かって走った。


「はぁ…はぁ……」

しんどい、喉がカサカサする、こんなに必死に走ったのいつ振りだ。ここまで来ただけで若干ヘロヘロだが休んでる暇はない、春香を見つけないと。
発信を続ける携帯を耳に辺り一帯を見回す。
「どこにいんだよ…………やっぱだめか」
相手に繋がらない携帯を閉じ、辺りを散策する。夜の公園は不気味なほど静かで足を進める度に自分が砂を蹴る音が響く。

(ん?…誰かいる)

夜の暗がりの中に浮かぶ人影、はっきりとは見えないが向こうもこちらに気づいて振り向いたのがわかった。雰囲気から察するにそれが春香じゃないこともすぐにわかった。それはゆっくりとこちらに歩いてきて、外灯の下を通過する。その光に照らされ闇夜に浮かんだ姿には見覚えがあった。

「お前……巻谷か?」

そう、そこにいたのはクラスメイトの巻谷だった。

「うぐっ…ぅぅぅ……」

周囲から別の男の呻き声が聞こえる。
暗闇に目を凝らすと地面に人が倒れてる。それも一人じゃない、二人…いや三人。
そのうち、呻き声をあげているのはひとりだけ、残りの二人はぐったりと伏せて動いている気配はない。
男の呻き声に巻谷もそっちに目をやる。手に持った棒状の物を引きずりながらそちらに歩いていく。
この流れはもしかして、もしかしなくてもっ……でも体が動かない、言いようのない異様さに飲み込まれどうしていいかわからずその場から動くことができない。
巻谷は手に持っている棒を振り上げるとそのまま男の頭目掛けて……、男は小さな唸り声を最後に動かなくなった。

「あぁ……長瀬君かぁ」

公園を包む闇の中でこちらに向けられた巻谷の目が妖光を放っている。

「おまえ…なにやって……」
「あぁ、これですか?」

今しがたとどめをさして目下にうつ伏せに倒れている男を足で平返す。
そこにいたのは今朝方、巻谷をたかっていた奴の一人だ。顔を覚えていた訳じゃないけど時代遅れのコテコテな不良姿、一目見れば当人だと分かる。暗くてはっきりは見えないがおそらく他の二人も今朝の…

「なにやってんだよ………なにやってんだよ!!!」

目の前で起こっていることが理解できなかった。信じがたい非日常、テレビの画面越しでしか見たことのない非日常、ニュースで聞く事はあっても自分の目の前で起こる事なんてないと思っていた非日常。

「お返しです、今までの。やられたからやり返した。悪いですか?」
「なに言ってんだ……」
「僕は充分耐えた。もう何度も、もう何年も。でも僕は一度だけ、この一度だけ」

なに言ってんだ………なに言ってんだこいつなに言ってんだ、なんでそんな一片の迷いもない目をしてそんな事言える、おかしいだろこんなの―――

「どうしてそんな目で僕を見るの?。今朝はそんな目じゃなかった。僕より悪いこいつらの事はまるで遠くの風景でも見るかのように眺めてただけなのに、なのに僕の事は悪いみたいに」
「だって巻谷、おまえこれは―――」
「じゃあ僕が悪いの?こいつらは悪くなくて僕は悪いの?」
「それは…」
「悪いのはこいつら、ずっと僕をいじめてたのはこいつら。僕だけじゃない、他にもこいつらにいじめられてたやつはいる。こいつらはいらないやつらなんだ」
「いらないって…けどだからって殺していいわけないだろ。もっと他にあったろ。もっとこう~~相談するとか」
「そんなこと、誰も助けてくれない。みんな知っててもなにもしてくれない。見て見ぬフリ。長瀬君だってそう、今朝見てたよね?」
「それは…まぁ…」
「みんな面倒なんだ、誰も関わりたいとは思わない」
「………」
「でもそんなこともうどうでもいいんだ。そういうことじゃなかったんだ。みんな普通の事なんだ。こいつらが僕をたかった事も。みんなが助けてくれなかったことも。僕がこいつらを殺したことも」
「う…ぅぅっ」

巻谷の足元で倒れていた男が微かに声を漏らす。

「まだ生きてたんだ」

巻谷は男に止めを刺すべくバッドを振り上げた。

「おいよせっ!」
「だったら止めたら?」
「春香?!」

聞き慣れた声のした方を見ると春香が遊具の上に座っていた。
「それじゃあ帰ろっか」
「あぁ、うん」

僕らも二人でいつもの帰路についた。
日が落ちてきて少し暗くなった道を歩く悠と春香。

「なぁ春香」
「ん?なに?」
「おまえ、三下と仲いいのか?」
「う~ん…そうだねぇ。まぁまぁかな」
「ふーん、そうなのか」
「なに~?気になるの~?」
「はぁ?!別に気になったりしてねーよ!」
「どしたの?急に怒っちゃって」
「バカ、なんでもねぇよ」
「ふ~ん…まぁ別にいいけどね。んじゃまた明日、ちゃんと時間通りにね」
「ぉ、おう」

走り去る彼女の後姿に手を振りながら、時間を破る事がほぼ確約の待ち合わせに返事を返した。


夜、ベッドに入ったがなかなか寝付けなかった。ここ最近、日常に違和感を感じる事がよくある。自分の感覚と周りにギャップがあるような、今まで自分が暮らしてきた街とはどこか違うような、そんな違和感。こうして静かにじっとしていると考えたくなくても頭の中をぐるぐると交錯する。そしてその不安を助長するかのように始まった街の消失。噂だけなら信じなかっただろうけど今朝実際に公園が消えてるのを見ちゃったし事実として受け入れるしかなくなった。でもその説明不可能な超常現象は世界がおかしくなっているという事実でもある。だから、自分の周りに対する違和感もそれにこじつけて、もしかしたら自分じゃなくて周りの方がおかしいんじゃないかって考えることもできる。まぁどっちにしたって結局自分と周りがずれてることに変わりはないからあんまり意味はないんだけど。そういえば周りの奴等は同じ違和感を抱いていたりはしないんだろうか。違和感といっても微妙だからあえて口にしないだけで実はみんな同じようにズレを感じてるってことはないだろうか。実際に自分も誰にも相談してないし。相談…してみようかな。相談するとしたらやっぱり春香か?でもな…普通に考えると春香なんだけど、だけど正直言うと今一番違和感を感じているのは春香に対してだ。ひとつひとつをあげれば些細なことなんだけど最近の春香は態度というか性格というか、こんなこと言う奴だったっけって思うシーンが多い。それにあいつに変な相談してその後ずっとネタにされるのも嫌だなという思いもある。となると宗吾か?あいつはああ見えてさっぱりした性格だから後を引く心配はないけどそれ以前に相談相手として頼りないな。でもまぁ変な質問だし聞いてみるだけなら関係ないかな?

そんな事に思いふけていると携帯電話がメール受信のメロディを鳴らした。
春香からか、こんな時間に珍しいな。まさかタイミングよく向こうから同じ相談…なんてことはないよな。ん?なんだこれ。

【助けて日野山こぃん】

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