出身の病院を退職して違う病院へ入職
この緩和ケア病棟は
その年に立ち上げたばかりの
しかも、経験者はほとんどなく
他の病院からの入職者がほとんど
そのようなスタッフ構成
医師も常勤医が1名
非常勤医が2名
新設された病院だったので
病室の構造がVIP室のような豪華で広かった
ドキドキの勤務が始まった
スタッフとはすぐに馴染めた
みんな 親切であった
ありがたい
『そこで出会った患者さんと家族との思い出』
緩和ケア(ターミナルケア)って
聞いて みなさんどんな印象を
お持ちでしょうか?
暗い?
辛い苦痛な雰囲気?
ただただお迎えがやってくるだけの場所?
そうではないのよ
明るくて![]()
笑顔
もあって
笑って過ごせる場所
毎日 介助されても入浴できるホッコリ時間
音楽療法もあったり![]()
週一回の臨床心理士の訪問あり
家族のサポート
医療従事者からのサポート
この関係性が良かったので
患者さんは 安心して過ごされる時間が得られた
と思う
時には しんどい 痛いよ〜って苦しむこともあった
薬で対応したり
話を聞いたりしたり
タッチングしたり
ただただ傍に付き添ったり
色々な方法で対応した
すごく楽しくって
患者さんと家族の時間は
充足感があった
患者さんの生き様と死に様
それを通じて学びを得た![]()
こんな 旅立ちのあり方っていいな〜
こんなに 穏やかに旅立てたいいな〜
生き様は死に様![]()
もし、穏やかに死を迎えたいのであれな
今、穏やかに生きなさい
っという言葉がある
私は 穏やかに そして
人生楽しかった〜 全うした〜
『ありがとう』と言う感謝を抱きしめて
旅立ちたい![]()
私の死生観は今でも育んでいる過程
穏やかに 楽しく今を生きている
色々あった緩和ケア病棟で
一番ストレスになっていたのは
ある医師との関係性だ
まず、ミスコミュニケーション
私たちの言動を信じてくれない![]()
ペインコントロールの相談に乗ってくれない![]()
など不満だらけ( ̄へ  ̄ 凸
また、
もう一つの私の調和が崩れた要因
頑張りすぎた![]()
色々と記録を長々と書き過ぎた
他の看護師さん 読むのが大変だったろう
きっと。ごめんよ
自分のエネルギーを充電するべき
私にとって喜びの時間を意識して
と取り入れていた
しかし、そこには執着があったのだ
「この時間が充電しれくれるはずだから
取り組まなければならない」
またまた やっちゃったのだ![]()
執着発信の自分の行動
喜びのはずなのに
なぜか、心身共に安らぎや疲労が取れなかった
その当時は 気づかなかった
執着発信![]()
でな わけで、
みんなと同じくサービス残業でも
クタクタな私![]()
一度、記録(パソコン作業)中に
一瞬意識消失![]()
楽しかった緩和ケアでの仕事
しかし、
当時の私は
そんなこともあり
バーンナウトしたのだ
一旦 退職を決意した
私を労わる為に。
長文になりましたが
最後まで読んでいただきありがとうございました。






