つきつめると数曲 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

本当に、体感として、コンサートで感動すると言うのは、

数曲である。

数公演の数曲。それが、結局素晴らしかったコンサートという

認識になる。

 

同じアーティストを何度も見るのは、好きだからと言うのもあるが、

好調、不調というのがある。

誰でも基本的に人なのだ。

ずっと絶好調もあるのだが、絶好調の中でも

こっちのほうがとかそういう話もある。

 

数公演の数曲が基準になるわけだが、

アーティストのコンサートを見ていて、このバンドは、

好調でとても良い形になるなら、このぐらいまでは、

行くんじゃないかと考えたりする。

 

それこそ、戦闘力の計算というか、最高でどのぐらいできるのだろう

とか考えたりする。

それを考えても、たいしたことないと思えたら、多くの場合、たいしたことない。

 

それも、自分の基準と比較してという話でしかない。

 

他人が、あるバンドのことを素晴らしいみたいな話をしていて、

私が、コンサートを見たり、Youtubeでチェックしても、たいしたことないと思ったりするのは、

基準が違うからだ。

 

モリッシーのソロコンサートは、私にとっては、99年とか2000年が最高であって

そことの比較になる。

 

クリムゾンは、現行のクリムゾンであって、

ビル・リーフリンがいたときの特に数曲、数公演。

そこが基準になっている。

 

どっちも種類は違うけど、本当に偉大だった。

特にモリッシーのコンサートは、ボストンのNow my heart is fullを

上げたが、同等の体験をすることは、人生では、ほぼ皆無。

 

どう満足したかなんて、どう説明すれば良いかもわからないし、

説明しようとも思わない。とにかく、素晴らしかったし、神がかっていたし、偉大だった。

 

これで、感想は、終わりで、同じ経験をしていればわかる。

何も言わなくてもわかる。

あと、音源を聞いて、すごいなと思ったら、ちょっとは、わかってもらえるかもしれない。

 

そして、求めているのは、その時以上。それを超えていくこと。

 

人間の欲は、きりが無い。

もう一度あの空間へと思って生きているのだけど、

どんどんそこから遠ざかっていく。

Life is pigsty.

 

アラン・ホワイトが復帰したら、もう一度、レコーディングエンジニアとして復帰するか。

そして、偉大なコンサートが見られるだろうか?

モリッシーとジョニー・マーを取り上げる人はいるが、

モリッシーとアラン・ホワイトという人はいないのが残念だ。

 

今日現在、私の評価は、

フリップ>アラン・ホワイト>>ジョニー・マーという感じだ。

 

ジョニー・マーのあのへぼソロアルバムとスミスのカラオケコンサートでは、当然の評価だろう。