物事の価値判断 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

これは、特に自分に対して言えることで、

それでいて、他の人にも言えるのかもしれない。

物事の価値判断を正確にできるかと言われると

ほとんどできない。大切なものの大切さなんてわからない。

 

ひどかった経験を振り返って、やっぱりひどかったと認識するのは

簡単だ。自分にも至らない点があるというようなことは、別として。

 

でも、大切なものがどのぐらい大切かなんてことは、

多くのケースではわからない。

人間の命が大切とかそういうことはわかるだろう。

 

死ぬときにお金も何も持っていかれないので、

結局、人生は、思い出のために生きていると言える。

 

そうだとしても、何が自分にとって大事な思い出になるかというのは、

現在進行形では、わからない。振り返ってみてわかる。

 

最高の時と、最低の時を比較する。

最高の時を思い出せるのは幸せだが、

最低の時と照らし合わせると不幸を感じる。

 

もっと別の何か良いことがあるはずだ。もっと他に良いことがあるはずだ。

実際、大半のケースでない。他に良いことなんてない。

実績ベースでそれは、証明されている。

もっと他に良いことがという考え方は、ほとんどのケースで間違っている。

他は、だいたい悪い。

 

何でもそうだ。

この人よりもっと良い人、

この学校より、もっと良い学校

この会社より、もっと良い会社

だから、我慢しようという話じゃない。

 

実際もっと良いというのは、存在するが、

実戦としては、多くのケースでそこにたどり着かない。

そして、振り返ると、結局あの時が一番良かったなみたいな結論になる。

 

何て言ったらいいのだろう。もっと良いに出会えないのは、自分がそれに値しないからだ。

多分、感謝して、ありがとうと言えて、思いやりを持つ

これが一番大事なことだと思う。

 

こういう発想が無い人が、どれだけ、他のより良いを探しても、多くのケースでそこには、たどり着かない。

それは、実績ベースで証明されている。

少なくとも私の場合は、そうである。

 

だから、もし、あの時に戻れるなら、あの時よりもずっとずっと、それを大事にする。