なるべくニュートラルな気持ちを心掛けて見てきた。
予告編の印象が悪かったが、
映画そのものは、そこまで悪くなかった。
音楽はけっこう良かったのかもしれない。
でも、結論は、面白くはなかった。
だからと言って、こんな映画最悪だとか嫌悪する
ようなものでもなかった。
ちょっと難しいなと思った。
まず、スミス・モリッシーを一切関係なしで考えてみる。
映画作品としてどうなのか?
長い梅雨のような映画で、最後、ようやく梅雨明け?
というような作品だ。
映画作品としてどうなのか?
長い梅雨のような映画で、最後、ようやく梅雨明け?
というような作品だ。
ストーリ展開は、まったく気にならず、淡々としている。
抑揚がない。
じゃあ、芸術的な作品かというとそうでもない。
詩的なフレーズやセリフはあるが、
文学的だとか芸術的だとかそういう感じはしなかった。
映画作品としてストーリー的に熱中するようなものではなかった。
若い人たちにとって、例えば、自分のやりたいことや夢があり、
それに対して、目の前の現実との葛藤というテーマで響くのかもしれない。
でも、本当に響くのか?という疑問はあった。
今の自分にはもちろん響かない。
自分のやりたいことをあきらめないで、
貫き通せみたいなメッセージだとすると
そういう映画ってたくさんあるような気がする。
貫き通せみたいなメッセージだとすると
そういう映画ってたくさんあるような気がする。
スミス・モリッシーの前提なしに見に行く人は、現実的に少ないだろう。
何らかのチェックをしてから行くだろう。
そうするとスミス・モリッシーファン向けの作品となる。
だとすると、懐古主義とか若いころを思い出してとかそういう楽しみ方
かもしれない。
僕にとっては、それは面白くない。
つまり、メッセージが中途半端な作品に思えた。
あと、一番厄介なのが、
これは、本当にモリッシーなのか?という話がある。
そうなのかな?
この点が一番の疑問だ。
そうなのかな?
この点が一番の疑問だ。
そんなことモリッシー言うのかな?とか疑問がかなり湧いた。
このシチュエーションでこんな会話になるのか?とか。
あと、あまりにもモリッシーが普通の人に見えた。
文学と音楽が好きな引きこもりがちな、ただの若者。
文学と音楽が好きな引きこもりがちな、ただの若者。
まったく何の才能もない感じがした。
例えば、さすがモリッシーというような発言もほぼ無い。
ステージで歌っているところにも何の才能も感じられない。
ただ、我儘言っている自分勝手なだけの人って感じだった。
ただ、我儘言っている自分勝手なだけの人って感じだった。
これが事実に基づいたものでないなら、フィクションであることや
モリッシーに影響されて映画を作ったに過ぎないとか
映画の冒頭とかで明言するべきじゃないのか?
モリッシーに影響されて映画を作ったに過ぎないとか
映画の冒頭とかで明言するべきじゃないのか?
本人とかなり違っていたらどうするんだろうか?
モリッシーは、そんなに裕福な家庭ではなかったが、
どちらかというとこの映画の主人公は、もう少し裕福な感じがする。
どちらかというとこの映画の主人公は、もう少し裕福な感じがする。
親が離婚していて、家庭が裕福ではなくて、その状況で
将来が見えずに、仕事も上手くいかず、家に引きこもりがちになる。
本当に、そういう状況だとしたら、こうなのか?
僕は、微妙に違うと思う。
この点が最大の違和感だった。
裕福じゃない家庭の子供ってそんなに我儘じゃいられないからね。
だいたい、我儘で自己中で周囲のせいにするってのは、
わりと裕福な家庭に多いから。貧しいとそんな余裕がなくなる。
だいたい、我儘で自己中で周囲のせいにするってのは、
わりと裕福な家庭に多いから。貧しいとそんな余裕がなくなる。
親が貧しい状況を見ているから。
そういった描写はこの映画にあるのだけど、違和感がある。
というようにいろいろなことを考えてしまう。
素直に映画を楽しめない。
素直に映画を楽しめない。
だから、面白くない。
僕は、この映画をスミス・モリッシーが好きだと言う人には薦めない。
ただ、自分も見ているぐらいだから見るだろう。
バンドをテーマにした映画は、ファンが見に行くので
ある一定の興行成績を見込めるらしい。
単純に映画作品として考えると
そんなに素晴らしい映画ではない。
そんなに素晴らしい映画ではない。
個人的には、心を打たれるような作品でもなかった。
まあ、予測通りの結果だったが、考えていたよりは
悪くなかった。