後悔は、役に立たない | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

最近は、考えが変わってきた。
クリムゾン50周年は、絶対見るべきだと言ってきたが
来たい人が来ればいいと思う。

嫌なら来なくてケッコー!!
(早くもSS席が売り切れたため強気のテリー)
 
売れ行きが悪かったら
今年のハロウィンで宮殿ジャケットのメイクをして
体を張ったマーケティング活動を
しなくはならないのかと悩んだものだ。
(渋谷でね!)
 
仮に、今年の名古屋公演が最後だったとしよう。
実際、それがあり得ないとは誰も言い切れない。
 
「ああ、あの時行っていれば!!」
ある人は、苦渋の選択で行かなかったかもしれない。
ある人は、なんとなく見過ごしただけ。
ある人は、こんな高いお金無理。
理由は様々だろう。
 
そして、20年後思うのかもしれない。
「ああ、あの時行っていれば!!」
 
もう、いいんだよ。
人間と言うのは、誰でもそう言った後悔というものがあるわけだ。
 
これは、現実社会においてもそうだし、
職場でだってそうだ。

間違いというのは、いつだって後から気が付く。
そして、仕方がないものもあれば、
単純に判断ミスだよねということもある。
 
そして、誰もが、何らかの後悔や間違いと向き合って
生きていくのだ。
 
そうやって、人は成長していくのである。
そうやって、人は学ぶのだ。
 
何て言うと、それっぽく聞こえるが、
実は、ちょっと違うのではないかと思う。
 
もちろん、痛恨の後悔により、同じような失敗をしなくなるこもとある。
 
でも、どちらかというと事実でしかないのではないか?
 
つまり、生きるということは、大なり小なり、
失敗や後悔がただ増えていくだけなのだ。
累積で増えていく。生きれば生きるほど増えていく。
 
ただ、これだけなんじゃないのか?
 
よって、それと向き合わなければならなくなる。
 
そうやって、20年以上の歳月が過ぎて、
ああ、あの時、ボクサーズツアーに行っていればとか
社会不適応者ツアーに行っていればとか思うわけだ。
ああ、あの時、あんなこと言わなければとか。
そして、その心の中の感情と長年つき合っていくのである。

だから、来ないなら来なくてケッコー!!
後悔すればいい!!

残念だったね。
 
私の場合は??
 
もう嫌です!!!><