これは、持論というか、私はそう思っているのだけど、
政治のレベルが低いというのは、
国民のレベルが低いからだと思う。
政治のレベルが低いというのは、
国民のレベルが低いからだと思う。
レベルっていうのは、仕組みをつくったり、
物事を決めたり、実行したりということに対して、
感心したり、素晴らしいとは感じられず、
どんどん、国がひどくなっていると感じるならば、
レベルが低いとする。
物事を決めたり、実行したりということに対して、
感心したり、素晴らしいとは感じられず、
どんどん、国がひどくなっていると感じるならば、
レベルが低いとする。
つまり、
国民がひどくなっているのだ。
国民がひどくなっているのだ。
もちろん、みんながということではない。
平均的かつ、相対的にそうなっている。
平均的かつ、相対的にそうなっている。
微妙な表現になるが、仮に国民が賢くて、
誠実で、モラルもあって、国民のレベルが本当高かったら
その代表者もそうなる。
そこでの競争になる。
誠実で、モラルもあって、国民のレベルが本当高かったら
その代表者もそうなる。
そこでの競争になる。
政治家がアホだとか駄目だとか言う人がいるけど、
だって、それを選んだのは国民じゃないか。
だって、それを選んだのは国民じゃないか。
政治家が皆アホで駄目だとするならば、
そんなアホな候補者しか出てこないのは、
国民がアホだということだ。
そんなアホな候補者しか出てこないのは、
国民がアホだということだ。
もちろん、みんながじゃないよ。
そして、一体、どのアホに票を入れるのかという争いをしていることになる。
トランプは嫌いだが、トランプの支持者は、いまだにある一定数いる。
彼が当選するぐらいの得票数は、あったわけで、
トランプが駄目だと言うことは、アメリカが駄目だと言うことだ。
これも、みんながじゃないよ。
彼が当選するぐらいの得票数は、あったわけで、
トランプが駄目だと言うことは、アメリカが駄目だと言うことだ。
これも、みんながじゃないよ。
民意は、多数決によって決まるから、民主主義は多数決だと思う。
もちろん、あくまで投票した人のという条件がつく。
どんなきれいごとを言ってもそれが現実。
どんなきれいごとを言ってもそれが現実。
文句があるならば、国民の大多数が、より素晴らしいものを選べばいいだけだ。
それができなかったときに、難しいことになる。
そういう時は、早々に見捨てるに限る。
でも、そもそも、民主主義は、こういう国民の不完全性を許容する
仕組みであって、独裁政権より、間違いの継続が短くて済むと
期待されているものなんじゃないかと、勝手に解釈している。
仕組みであって、独裁政権より、間違いの継続が短くて済むと
期待されているものなんじゃないかと、勝手に解釈している。
深刻な間違いは、結果的に国民への被害につながるから。
国民が被害を受けたと感じるときにようやく間違いだったという結論になる。
長い旅だね。
長い旅だね。