死よりも幸せ | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

寝袋を持って行っている人が最近は多い。
以前はあまりいなかった。
それも時間が早くなっている影響だろう。
 
今は、スマホがあるから、結構待つのも苦痛にならない。
以前は、基本的にすることがない。
本を読んでいる人は、ちょっとはいたような気がする。

基本的に、一緒に並んでいる人と話すか、
何もしないか。
暖かい季節なら昼路上で眠ったりするが、
寒い季節が多いから、本当に眠ることはできない。
だから、することがないからいろいろ考えてしまう。

誰もいないコンサート会場にいたりすると
いったい、ここで何をしているんだろう?と思う。
いったい、これが何なのかわからないと何度も思った。
しかし、人生と同じで、これはいったい何をしているのかわからない
と言うことだと思った。
わからないくせして、
いろんな理由を人はつけて、わかったように勘違いする。
 
宗教の信じているは、わかると同義語である。
私は信じているは、私はわかっていると同じなのだ。
そして、僕は、彼らはわかっていないと思う。
 
シリアで、幼くして死んでいく子供を、信仰の観点から説明してほしい。
ゴミみたいな回答しか返ってこない。
だから、宗教はゴミなんだ。
シリアでいったいこれは何をしているのかわからない。
そうだろう?
つまり、すべてわからない。

この惑星で生きている。
いったい、この惑星で、この国で何をしているのか?
つきつめると良くわからない。
 
もし、あと3か月で自分の生涯が終わるとする。
名前は知らないが、仮に神が存在するとして、
君の生涯は、あと3か月で短いから、
自由に自分の大事なことのために生きなさいとは言わないだろうか?
言わない?なぜ?
 
システム的に仕組み的に自由が与えられていて、
人を殺す自由まで与えられていて、それを防ぐ自由まで与えられている。
とても大きな犠牲を生み出すのに、人類には自由が与えられた。

そして、路上で凍えている時間が大半であるのは、
人生のようだ。大半が苦しいことばかり。
何でこんなことをしているのか?
 
全ての人は、生まれたと同時に死が約束されている。
産むのも生まれるのも苦しそうだが、死ぬのも苦しそうだ。
そして、生きている間も路上で凍えて苦しいとする。
信仰という大きな勘違いはどうでもいいとして、
論理的に考えると、死よりも幸せということがないと
生まれてこないほうが良かったということになる。

実際、そういう人生は存在する。
死よりも幸せでないと辛かった以上終わりになる。
罰ゲームのようだ。
 
つまり、あなた方の子供たちは、死よりも幸せでないと
苦しいだけだ。
死よりも幸せとは何か?
ここで、愛ですとか言うと、かなりがっかりする。
結論は、わからない。
 
ただ、それは、瞬間的なものだと思う。
瞬間的な出来事だと思う。
今までで一番幸せだった時を考えると、
それは、瞬間的なものだった。
 
本質的に悪であっても無理だし、欲望を満たしても駄目だし、
神様を信じていると言ったところでそこにはたどり着かない。
そう思っている。
 
路上で凍えているのが人生の大半だとすると、
耐え忍んでその瞬間に向かっていくってことなのかなと
そんなことを考えた。
 
だから、Front row or dieである。
Front row will be my epitaph.
 
いつか、最前列で絶命して、
エンジェルに抱かれて逝くのだ。
もう、思い残すことはナッシングで
微笑んで。
I just might die with a smile on my face after all
シェイシェイ。