2012年にお会いしていた人が、
今回のモリッシーの来日で眠ることができない
と言っていた。偉大な発言だ。
振り返れば、1999年は眠れなかったな。
一睡もできなかったような気がする。
London Forumでモリッシーの手を痛めてしまって
Last night i dreamtの時に、
セキュリティ複数人を突破しようとして
モリッシーのところまでたどり着き、
モリッシーの手を強く握りすぎて痛めてしまったという。。。。。
翌日、入場禁止になって、会場の外で
ワンワン泣いていた。
いい大人が、人から見られながら。
もちろん若者だったよ。
そして、ものすごく反省した。
全員が入場してから会場には最終的に入れてもらえた。
要注意人物としてマークされた。
誰もが眉をひそめるような存在だった。
私はその日、一番後ろから入場して、
花束をもって、あの過酷なロンドンで
前方までたどり着きモリッシーに花を渡した。
モリッシーが手を痛そうにしていて、それを見て
また、泣いてしまった。
WalesのSwanseaで、
Trouble loves meが歌われるときに
ステージに上がろうとしたら、
それを見たモリッシーが
演奏を中断させた。そして、モリッシーはステージに上げてくれた。
時間が止まるという表現があるのだが、
その時、本当に時間が止まった。
心が救われた瞬間だった。
あの時起きた、すべてのことを生涯忘れることはないだろう。
モリッシーがどんなに怒ったり攻撃的であろうとも
魂の一番奥では、とても優しい人だと思っている。
僕はそのことを知っている。
そして、2012年の来日の時に、
マイクを手渡されて、つたない英語だったが
謝罪したのだ。ずっと直接謝りたかった。
ずっとトラウマで、このことを知っている人は
5人ぐらいだったのだが、今は、書くことができる。
ボストンもいろいろトラブルがあって
眠る時間がなかった。始発で会場に行って
早朝から雪の中で並んだ。
靴はびしょびしょで、雪だったから
足が冷たくて冷たくて、
その状態のまま夜の19時とかまで。
今回の来日は並ばなくていいので楽なのだけど、
じゃあ、明日もう一度、
昔のように並んでくれと言われると体がもたない。
しかも、昔はキューリストなどなくて
横入り上等だったので、精神的にもつらい戦いだった。
今回の来日は?
もちろん、来日から一睡もしていない、
毎晩、真っ暗な部屋で、水道の蛇口から水滴を垂らして
私は生きていられるのだろうかと確認する。
明日、セキュリティを突破できるのか
明日まで、持ちこたえることができるのか?
Tomorrow,
It's surely nearer now.
You don't think I'll make it
そんなことを考えると一睡もできないのだと
書きたいところだが、
すまない。ぐっすり眠っている。。。。。。
ああ。。。。。。
なんて最低なんだ。
もう一度人生やりなおしたい。
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要参照。