毎日ストレスがないと
人はそれだけで積極的になれる。
8時、12時、18時に毎日多くの人と
魚が泳ぐのが見える透き通った海を
眺めながら食事をする。
何かしら会話をしながら。
いつもいつも同じ時間。
行ったことのないところに出かけよう。
そんな思いが自然とわいて出てくる。
毎日ストレスがないと
人はそれだけで親切になれる。
何のために生きているのか
なんて都会では考えず
まるでロボットのように
時には奴隷のように生きている
人生に目的などない。
明日が来ることが楽しみだろうか?
明日が来ることが憂鬱ではないだろうか?
明日が来ることが楽しみだと
その生活は楽しく、
人生は楽しい。
明日が来ることが楽しみな時
人は幸せなのだ。
明日が来ることが苦しく、
憂鬱で悲しいとき
その人の人生は不幸なのだ。
人はいつか死ぬのだが、
それはタイミングの違いだ。
憂鬱なロボットとして死ぬのか
あるいは人として生命を全うするのか。
自分がいた場所にも課題があるのだが
どうしてこんなにも惹かれて懐かしいと感じるのか
それは昔のようだからなのかもしれない。
そして昔は、苦しみながらも
未来に対して希望を持っていたから
だから、もう一度あの場所に行きたい。