ブロガーが殺されるというニュースがあった。
無神論者が、イスラム教を信じていると言っている
人間に殺される?
動機もよくわからない。
つくづく思うのは、
信じることができないからという理由で
人を殺害したり、人を否定したり、迫害したり
そういうことをする神はいない。
そういうことをするのは人だけだ。
神も、人生の真理も、真実も
究極的目標も
自分は信じることができない。
どこか嘘が侵入している。
人が論じるその壮大で大切と言える何かは、
どうも胡散臭くて、嘘っぽくて、あてにならない。
誰もそれを事実として証明できないから信じる
だけに過ぎない。
個人的にはそんなものは求めていない。
じゃあ、何を求めているかと言うと
自分の中でリアルだと感じられるもの。
それは、
他人から批判されたり、反対されたり
攻撃されたり、それが事前に予測できたとしても
あえてそれをやってみたい。
そんなとき、それが自分が本当にやりたいこと。
これは、崖っぷちで
結局、空しく失って弱ってしまうだけなのではないか?
と事前に予測ができたとしても
あえてそれをやってみたい。
そんなとき、それが自分が本当にやりたいこと。