いつか、さよならが最後に | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

「じゃあね、またね」
と言って家に帰るとしても
その「また」はもうやってこないかもしれない。


大切な人だろうが、仲の良い友人だろうが。


憎くて憎くて仕方ない人間が、クズ野郎だと思ったとして、
その人間が明日、瀕死の状態で死ぬと想像してみると
「ざまあ見ろ!」と思うかもしれない。
でも、もしかしたら「もういいや」と思うかもしれない。


私は、腐っているなと思うと
「ほんとふざけてるね!」というタイプである。


でも、人生は1度しかない。
自分も明日死ぬかもしれない。


前向きだとか、建設的だとか、大人な対応とかは
この際置いておいて、
自分が価値を感じるものに最大限に時間を使うべきだと思う。


心の安らぎと愛と感動のために。(めったにはないのだが)


つまりそういったふざけているものは放っておいてという意味だ。


久しぶりに再会した友人でも、その時が最後の再会かもしれない。
人間皆誰もがいつか死ぬ。そんなこと言われなくてもわかってるよと
思うかもしれない。しかし、わかってないよ。


みんなして、集団的にそのことを忘却の彼方に置き去りにしている。

そして誰かが亡くなった時にあらためてそれを考える。
最悪なまでに愚かな生き物だ。


いつもすぐ忘れてしまい
意識するのは極めて難しい。本当に難しい。


これができている人というのが尊敬に値する人かもしれない。


Oneday goodbye will be farewell