「じゃあね、またね」
と言って家に帰るとしても
その「また」はもうやってこないかもしれない。
大切な人だろうが、仲の良い友人だろうが。
憎くて憎くて仕方ない人間が、クズ野郎だと思ったとして、
その人間が明日、瀕死の状態で死ぬと想像してみると
「ざまあ見ろ!」と思うかもしれない。
でも、もしかしたら「もういいや」と思うかもしれない。
私は、腐っているなと思うと
「ほんとふざけてるね!」というタイプである。
でも、人生は1度しかない。
自分も明日死ぬかもしれない。
前向きだとか、建設的だとか、大人な対応とかは
この際置いておいて、
自分が価値を感じるものに最大限に時間を使うべきだと思う。
心の安らぎと愛と感動のために。(めったにはないのだが)
つまりそういったふざけているものは放っておいてという意味だ。
久しぶりに再会した友人でも、その時が最後の再会かもしれない。
人間皆誰もがいつか死ぬ。そんなこと言われなくてもわかってるよと
思うかもしれない。しかし、わかってないよ。
みんなして、集団的にそのことを忘却の彼方に置き去りにしている。
そして誰かが亡くなった時にあらためてそれを考える。
最悪なまでに愚かな生き物だ。
いつもすぐ忘れてしまい
意識するのは極めて難しい。本当に難しい。
これができている人というのが尊敬に値する人かもしれない。