Where should I be ? | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

評価とは何だ?

1つの問いかけである。


これは奥が深い。昔、全然わからなかった。

でも今はわかる。


たとえば、幼い子供を殺害する変質者があなたのことを褒めたらどう思うだろうか?


仮にあなたのことをけなしたらどう思うだろうか?


私なら何とも思わない。なんでこの人はこんなことを言っているのだろうかとは考えるが結論としてはきっとたぶん何も思わないと思う。だって自分にとってはどうでもいい奴で馬鹿だと思うから。


だから結論は相手にしないということだ。

性根の腐った人間を相手にしない。ともに歩む必要もない。


では、もしあなたが心から愛する人や尊敬する人でもいいが

あなたを痛烈に攻撃し否定してきたらどうだろうか?


あるいは、そういう人があなたを支えてくれて味方してくれて愛してくれたならどう思うだろうか?


私にとって、それは大きなことである。すべてが重いし大きなことである。


会社の評価?いったいそれはどこに当てはまるのだろうか?

すばらしい会社、仕組み、組織、それがどこにあるのかわからないが自分がそうだと感じるなら重いと思う。自然と考えるはずだ。


もちろん世界がすぐ変わらないように、社会も会社もなかなか変わらない。

難しい理由がたくさんある。それはそうだと思う。ずっと変わらないのかもしれない。


だから自分なりにあわせてはいる。しかし自分が譲れないことに関してもし強制的されるなら、そのつど私はどうするか考える。そしてそれができないなら去るしかないと思っている。

常にその覚悟ができているし、仮に職を失ってもやっていく自信はある。そのために日々努力してきた。


もちろん、理想郷を探しているのではない。


でも、自分の人生が良い方向に向かっているか?

努力して切磋琢磨しているか?

助け合い、やさしさがあるだろうか?


私は自分の人生を発展させていきたいだけである。


そのためにも良い環境は自分たちの手で作っていくしかないと思っている。

理想の世界を偶然与えてもらうというのはそもそも都合が良すぎる。


(もちろん悪い環境にも限度と言うものがある。

それを放置していたらどうしようもない。)


しかし最近は自分がどこへ向かっているのかわからなくなっている傾向にある。

だから、少し時間をかけてそこを見極めたい。未来は我々の手の中にあるはずだ。今は自分なりに努力していくだけだ。


今自分には「感涙 富士」がある。


とりあえずこれで良い!