『鎌倉殿の13人』~後追いじゃない先取りコラム その76
第17回 助命と宿命
今回も、第18回の先取り。『平家物語』で見る壇の浦の戦い、その3。いよいよ開戦!
さて、源平両陣営は、海の上約3kmほど隔てていた。門司、赤間、壇の浦は、海水が渦巻いて落ちる潮流なので、源氏の船は潮に向かって自然に押し戻される。平家の船は、潮に乗って出てくる。沖は潮が速いので、波打ち際に近づいて、梶原は敵の船が行き違うところに熊手を打ちかけ、親子主従十四、五人が乗り移り、打物(=刀)を抜いて船尾から船首に向かって、散々に薙ぎ払って回った。武器などをたくさん奪い取って、その日の手柄の第一番となった。いよいよ源平両陣は対陣して鬨の声をあげる。(その声は)上は梵天(=天井の神様)まで聞こえ、下は海竜神も驚くほどに思われた。
新中納言平知盛卿(岩男海史)が、船の屋形に立って、大声で「戦いは今日が最後。者ども、ちょっとでも退こうなどという心があってはならん。インドや中国、そして我が国日本にも、並ぶものがないほどの名将勇士と言っても、運命が尽きてしまっては、どうにもならない。しかし、名は惜しいものだ。東国の者どもに弱みを見せるな。いつのために命を惜しむのだ。このことだけが思うことだ。」と仰ると、飛騨三郎左衛門景経は、側に控えていたが、「これを承れ、侍ども」と命令した。上総悪七兵衛(=藤原景清:平家軍の猛将:平景清とか伊藤景清とも言う)が進み出て申したことには、「坂東武者は馬の上でこそ口はきくが、船戦(ふないくさ)は、いつ訓練したのか。魚が木に登ったようなもの。個別に捕らえて海に漬けてやりましょう」と。
(平知盛役の岩男海史(いわお かいし)劇中では壮絶な最後を遂げる・・・はず笑)
越中次郎兵衛(=平盛嗣:こちらも平家軍の猛将)が申したことには、「そういうことなら、敵の大将軍源九郎(=義経:菅田将暉)に組みなされ。九郎は色白で背の低い男だが、前歯が特に出ていて、すぐにわかるそうだぞ。ただし、直垂(ひたたれ:着物)と鎧をいつも着替えるので、簡単には見分けにくいであろうということだ」と。上総悪七兵衛は、「心が勇猛であっても、その小僧は、どれほどのことがあろう。片脇に挟んで海に入れてやろう」と言った。
本格的な合戦はこれからだが、平家の武将たちの中では、平知盛が見どころの一つとなるだろう。何せ、『碇知盛(いかりとももり)』として有名なので。(続く)