【根付の深淵】
指先で触れる素材の宇宙と、価値を決める「職人の技」
骨董品の代表格である書画や焼き物にはない、根付ならではの独自の楽しみ方があります。それが「素材を楽しむ」ということです。根付の魅力にハマり、数を集めていくと、次第に木の種類や牙(げ)類の違いが、目や手触りでわかるようになってきます。
特にわかりやすいのは牙系です。象牙、鯨歯、海象(セイウチ)、臨場感あふれるウニコール……。それぞれの素材が持つ独特の感触、色艶、重み、そしてその個性を活かした形状。これらが完璧に調和したとき、根付の魅力があふれんばかりに輝いて見えます。「あ、これはあの素材だ」と指先だけで感じ取れる瞬間は、まさにコレクターだけが知っている密かな愉しみであり、特権ではないでしょうか(笑)。
■ 根付の素材という奥深い世界
そんなコレクターを惹きつけてやまない素材の歴史を紐解くと、そこには驚くほど奥深い世界が広がっています。江戸時代の古典根付の代表格といえば象牙と黄楊(つげ)ですが、実は私たちが想像する以上にもっと多様な素材が存在していました。
その筆頭が「ウニコール(一角獣の角/イッカクの牙)」です。今でこそ象牙と並んで見かけることもありますが、江戸時代にはなんと「同じ重さの金の1000倍」という破格の価値を持つ超高級素材でした。当時はオランダ船によってもたらされる極めて希少な渡来モノであり、まさに富と権力の象徴だったのです。
しかし、古典から現代へと時代が移り変わるにつれ、根付を取り巻く素材事情は大きく変化します。現代根付では、伝統的な木や象牙だけでなく、猪牙、鯨歯、マンモス、珊瑚、犀角、さらには樹脂やタグアナッツ(植物象牙)まで、実に多彩な素材が使われるようになりました。かつて金より高価だったウニコールも、貿易や流通の変化によって、現代では当時ほど手の届かない存在ではなくなっています。
■ 素材が変わっても変わらない、根付の「本質」
しかし、ここで根付界は大きな転換期を迎えます。1970年代後半にワシントン条約(CITES)が発効されて以来、動物保護の観点から、牙系素材への風当たりは年々強くなっていきました。度重なる規制強化を経て、最近では象牙の取引が全面禁止となり、海外では市場での流通すらできなくなっている国が多くあります。
では、象牙や海象、ウニコールといった、根付の歴史を支えてきた牙系素材がダメになったからといって、根付そのものの価値までなくなってしまうのでしょうか?答えは、絶対の「ノー」です。──とは言っても、現実問題として根付の市場価格は大きく上下します。事実、海外への持ち出しや取引が厳しく制限されたことで、牙系の根付の価格は全盛期の半分以下にまで下がってしまいました。芸術的な価値は変わらなくても、市場での値段は下がってしまったのです。……まあ、一人のコレクターの本音を言えば、手が届きやすくなって嬉しい面もあるのですが(笑)。
しかし、ここで改めて強調したいのは、価格が下がったからといって作品の「本質的な価値」が失われたわけではない、ということです。なぜなら、いつの時代も根付に本当の価値を与えるのは、材料の市場価格ではなく、
── 根付師の「技」 だからです。
現代において、木や象牙の材料そのものに、そこまで破格の価値があるわけではありません。しかし、職人の手によって命を吹き込まれ、一つの作品となった瞬間、それは素材の値段や規制の壁を遥かに凌駕する芸術品へと化けます。コレクターが競って手に入れたくなる根付とは、単に珍しい素材を使ったものではありません。職人がその素材のクセ、硬さ、色艶といった「素材の魅力」を限界まで引き出した、いわば「技への対価」なのではないでしょうか。
指先で素材の感触を楽しみながら、その向こう側にある職人の飽くなきこだわりと息遣いを感じる。それこそが、江戸から現代まで変わることのない、根付という小宇宙の本当の奥深さなのだと思います。




