女の子がいない男親には、絶対かなうことのないささやかな夢があった。それは幼い娘から「お父さんのお嫁さんになる」と言ってもらうこと。しかし、子どもが男の子しかいない父親、もしくは子どもがいない夫には物理的に無理な話。
私も独り身なので、今後の人生で全く無縁だと思っていた。だが、保育園に従事しだして夢が叶った。私のことを気に入ってくれている4歳児の女の子が「先生と結婚する」と言ってくれたのだ。さらに別のもう一人が「私も先生と結婚したい」と言ってくれた。
涙が出るほど嬉しかった。実現不可能なのは承知しているが、永遠に縁のない言葉だと思っていただけに、思いがけない告白に感動したのである。
前々から「先生はなんで結婚しないの?」「好きな人いないの?」「いつ結婚するの?」などと意味深な前振りはされていたが、自分の父親より年上のおじさん相手に言ってくるとは想像できなかった。だから、予想外の出来事に感動したのである。
さて、無視もできない。そこで私は女の子たちにいつもこう返答している。
「君たちが結婚できる年になったら、先生はよぼよぼのお爺さんか、死んでるかもしれないからなぁ」
そう誤魔化してはいるが、彼女らにはピンとこないみたいだ。
それにしても、まだ20代の若い男性保育士相手なら分かるが、何故こんなおじさんを結婚対象として選んでくれる子が毎年出現してくるのか不思議でならない。女の子の考えがとんとわからん。
一人だけ、変わった言い方をしてくれた女の子がいた。
「私が先生のお嫁さんになってあげる」
ずいぶんと上から目線だ。でも、思わず「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。夢を叶えてくれたことには素直に感謝したい。
男の子たちもたまに女性保育士に「先生と結婚したい」ということがあるが、女の子に比べて圧倒的に少ない。男の子と女の子とでは、結婚に対する概念というものが、既にこの歳で違いが出てしまっている。
また、ひとつ気づいたことがある。20代の若い女性保育士には言うが、40代以上のパート保育士には絶対言わない。
……ったく、男の子にしても女の子にしても、君らの結婚対象者の基準はなんなんだ?