HSP男の独り言Ⅲ
「優柔不断の殻を破るきっかけは“死”」
「人はいつ死ぬか分からない。だから、やれることはやっておこう」
よく聞く言葉だけど、実際にそれをやっている人間は少ないんじゃないかな。かく言う私も何もできずにただ時間に流されて生きている。
あの場所へ旅行してみよう。あの土地の名物料理を食べに行こう。ダメもとで気になるあの人を誘ってみよう。前々から関心のある遊びにチャレンジしてみよう。
そんな些細なことすら行動できずにうだうだと時を過ごしている自分がいやになる。
きっと「人はいつ死ぬか分からない」という言葉が、単なる口先だけの飾り言葉と化しているからだ。そして、実際に死んでしまったときにはもう遅く、後悔する間もなく人生を終える。
私は先日そうなりかけた。生まれて初めて車に撥ねられたのだ。救急搬送されたものの激しい打撲と擦過ですみ重傷には至らなかった。しかし、車があと10キロスピードを出していたら、撥ね飛ばされて脳挫傷になる危険があったらしい。
どんなに清く正しく真面目に生活していても、どんなに人の役に立つ仕事で働いていても、どんなに健康面に気を遣っていても、どんなに交通ルールを守っていても、死はいきなりやって来るのだと悟った。
「いつ死ぬか分からない」を実感することで、この言葉の重みを知った。言葉だけで格好をつけている自分が恥ずかしくなった。
口先だけの理想論はもうたくさんだ。動かなければ……やらなければ……本当に死んじまったらおしまいだ。
HSPさんは自分を犠牲にしてまで人の為に生きがちだけど、一度は自分の為だけに生きてみてもいいんじゃないかな。
初めて死ぬかもしれないという場面に出くわし、初めて自分で自分の背中を押すことができた。
今回、撥ねられたということは……、それでも生かされているということは、「いい加減にさっさとやれよ!」という天の声だったのかもしれない。
優柔不断なHSPさんが「人はいつ死ぬか分からない。だから、やれることはやっておこう」を真剣に考え実践するには、死を実感しなければ動けないのだろうか……。そんな自分が情けない。
でも、目を覚まさせてくれたよ。
