生きてりゃ楽しい事もあるって!

生きてりゃ楽しい事もあるって!

騙されやすく恋愛も浮気されてばかり…死んだら楽かなと思った事も
ある。でも人生をふり返ると「面白く感動した体験」の方が多い事に
気づいた。おかげで今は「生きてば楽しいこともある」と思う毎日。
ここでは人生の体験を通じて考えさせられた事をお伝えします。

人生の後半をただ流されて生きていくのか?

 

 

<癌になった友人>

 3年前、自分と同年代の元編集長A氏から突然電話があった。久しぶりの電話に喜んだのも束の間、話の内容は肝臓に酷い癌が見つかり「死ぬかもしれないので話がしたかった」とのこと。酒と煙草が大好きだったので肝臓癌はなるべくしてなってしまったのか……。それでも、いつも陽気で楽しく誰からも親しまれる存在だったので、聞かされた自分もショックだった。

 

 本人は気丈に話をするものの、やはり言葉に力強さはなかった。自虐ジョークも笑えなかった。あとで知ったことだが、人知れず泣いていたのだという。人生を謳歌している人間が、突然死の宣告にも等しい現実を突きつけられるとそのショックは計り知れない。

 

 手術を前にして当時の同僚たちを収集しA氏を励ますことにした。……それしかできなかった。

「なんとかなるだろ」「死んじまったらそれまでだ」

 明るくそう言うA氏に、仲間たちは「そうだよな」「無事生還を祈る」と笑いながらエールを送った。

 

 腹を大きくかっさばくほどの大手術。痛々しいほどの見た目。術後に襲われる傷口の激痛。

……だが、A氏は復活した。

「心配して損したぜ」「せっかく香典を用意してたのによぉ」

 仲間たちはそんなジョークを言いながら復帰を歓迎した。そして、半年に一度はみんなと会い食事会を開くことを決めた。一度は永遠の別れを覚悟したN氏との時間を大切にするために。

 

 その後のA氏は見違えるほどの復活を見せた。医者も周りの人たちも驚くほどだった。

「おまえはサイボーグか!」

 仲間からそう言われるほどの快復ぶりだった。死を覚悟して泣いた男だが、生きたいという執念が死を上回ったのだ。

 大好きな酒も煙草も風俗もやめて、エロ動画をこよなく愛していた男が急にお笑いを見るようになった。笑うことが免疫力を高めるということを知ったからだ。生きるためにあらゆる努力をした。

 

 A氏の復活は本当に嬉しかった。半年に一度の食事会で会うときは、濃密な会話になった。これまでに高校からの同級生だった親友を突然死で亡くし、中学の同級生もコロナで亡くなった。まだ、死ぬには早すぎる連中。A氏も俺と1コ違い。これ以上、大切な友人を早い段階で亡くしたくはない。だから、心底嬉しかったし、これからも強い友情を育んでいこうと誓ったものだ。

 

 

<悪夢>

 先日、A氏から連絡が来た。時期的に食事会の誘いかと思ったが……

「検査で再発が確認された。肺に転移してた」

 力なく話す言葉に目の前が真っ暗になった。なんで……

 

 癌の手術は3年後に再発しやすいというが、まさかほんとに……。肝臓がんは肺に転移しやすいというが、まさかほんとに……。ここ1~2年の元気ぶりに、再発なんて言葉は頭に浮かんでこなかったのに……。

 再発後の別の部位での生存率はかなり低いという。本人もこのことは知っていた。

 3年前の初告白同様に今回も気丈に振舞ってはいたが、だんだんとトーンが落ちていく。

 

 せっかく死の淵から生還して、本人も仲間たちも喜んでいたのに、忘れた頃に再び奈落へ落されるとは……。ショックだった。そして、俺以上にショックだったのは本人だ。

「また、あんな痛い思いをしなきゃならんのか。なんで死の恐怖を2度も味合わなきゃならんのだ」

 だんだんと本音が漏れてくる。

「再発は覚悟してたよ。でも、ここまで元気になって、せっかくみんなの思いを感じながら毎日楽しく過ごしてきたのに、なんで今頃……」

 スマホ越しに、目に涙を溜めている姿が想像できた。

「生存率が低いのは知ってる。でも、むご過ぎるよな。3年も生きていられないことが分かってるなんて。だったらさぁ、いっそ最初の3年前に死んでた方が良かったよ。こんな思いするくらいなら」

 再び大きくかっさばく手術、術後に襲い来る激痛、そして確実な死の宣告。どんなに気丈な男だって弱音を吐いてしまう。

 

 そんなA氏に俺はなんて声を掛ければ良いのだろう。励ましなんて無駄だ。気休めにならないどころか相手を落ち込ませるだけになる。今度ばかりはジョークも言えない。

 何も言葉を返せなかった。何を言えばいいのかさえ分からなかった。ふと気がつくと無言のまま涙を流していた。

 

 

<自分の人生はどうなんだ!>

 喜びの後の失意ほど残酷なものはない。本人の言う「だったらいっそのこと最初の時に」という言葉が耳に残る。

 じわじわと迫りくる死の恐怖に、本人も俺もなすすべもなく受け入れるしかない……。また一人大切な友人を失ってしまうのか!

 

 しばらく茫然自失の日が続いた。仕事に身が入らず食欲も失せた。そして、思った……自分の人生はどうなんだろうって。

 ここ数年のだらだらと生きている現状に吐き気がしてきた。喰うためだけに働いていることに虚しさを感じた。普通の人はそれでいいのだろうけど、今までまっとうな人生を送ってこなかった自分が刺激がないまま終わるのは納得いかない。なんのために人とは違うアウトローな生き方をしてきたんだ! 自問自答の日々が続いている。

 

 人生はいつ幕を下ろすか分からない。残された時間を有意義に過ごさなければ! やりたいことをやっておかなければ! 夢追い人の自分が、夢を追わなくなったら終わりだ。

 夢なんて甘っちょろいことを言ってんじゃねぇと言われる。夢なんて若いうちだけに抱ける特権だとも。現実を堅実に生きるのが大人だと。確かにその通りだ。

 

 だったら夢なんて言葉は使わなくていい。「自分のやりたい事」と表現を置き換えよう。自分が満足する何かをやっていきたい。

 男も女も関係ない。夫も妻も関係ない。夫だからといって会社や家族に気を使って自分のやりたいことを我慢するのか? 妻だからといって夫のご機嫌をうかがい、子どもに振り回されるだけでいいのか? そんなことで人生を終えるのか? 誰もがやり残したことがあるだろ? やってみたいことがあるはずだ、一人の人間として。家庭という基盤を大事にしつつ一歩踏み出す……そんな勇気を持ったっていいんじゃないのか!

 

 もう若くないからとチャレンジを諦めるのではなく、もう時間がないからこそ満足する日々を求めて足掻いてやろうじゃないかと思うようになった。

 呆気なく死んでしまう前に、死の宣告に怯え続けることのないように、介護を受けながら生きながらえるよりも、人生の去り際は「潔く、カッコ良く、笑いながら」イキたいものだ。

 

 好きな所に行きたいし、楽しく生きたいし、最期は満足顔で逝きたいよね。