小島恵理さんまた会う日まで。
13日 14日、恵理さんと最後のお別れをしてきました。
出逢った頃の事や、想い出など先日書きましたが、
悲しみは胸の奥に。
いつも笑顔で私達に愛を注いでくれた恵理さんのように、
これからまた笑顔で音楽人生歩いていきたいと思います。
恵理さんの事は絶対に忘れません。
たくさんのギフトをありがとうございます。
私が作詞、恵理さんが作曲をしてくれた曲が3曲だけあります。
20代に書いたそのうちの1曲を。
大切に歌っていきますね。
恵理さん、また会う日まで。
『SHA-LA-LA-LA』
作詞 松本 道香 作曲 小島恵理
ふと気づいた時胸の奥小さな花 色づきはじめたの力いっぱいに
大切な友達何気ない言葉達から 勇気と力をたくさん感じた
1秒ごと刻む記憶には 未来の鍵が隠されている
SHA-LA-LA-LA・・・・・
暖かい何かを今感じとりたい この瞬間が大好き
SHA-LA-LA-LA・・・・・
歌ってる言葉 胸に残るならいつまでも伝えたい
SHA-LA-LA-LA・・・・・光にのせて
夜空街灯かり胸の奥締め付けられた 先の見えない未来なんだか恐くて
弱気な真夜中何気ない言葉達です “ありがとう”“がんばれ”涙も隠せず
出逢った人へと“ありがとう”今は素直に言えない私
胸に響いてるこの胸に何か聞き覚えのある懐かしく奏でる
そっともっと咲き誇る花のように土へ戻る日までずっと
笑顔をあげたい笑顔になりたい聞き覚えのあるやわらかく奏でる
SHA-LA-LA-LA・・・・・
伝えよう 確かなこの胸に響く熱い強い力で
SHA-LA-LA-LA・・・・・
歌いたい言葉 贅沢な気持ちあなたへ届くように
SHA-LA-LA-LA・・・・・光のように
心からありがとうございます。
恵理さんとお別れするまで
悲しい記事になってしまいますが、とても大切な人でしたので、
書かせてくださいね。
恵理さんとの出逢いは21歳の誕生日前。
夢という言葉に縁がないような生活をしていました。
そんな時、あるアーティストさんのコンサートを観に行って、
「私も歌で感動させたい! ステージに立つ側になろう!!」
まずはボーカルトレーニングをしなくちゃ!とスクールを探していたんですね。
経験でいくつかスクールに行ったんだけれど、どこもいまいち...。
そんな時に恵理さんと知り合いました。
すぐに面接を。会って色々話して、「この人のトレーニングを受けたい!!」
すぐに決めました。
楽器も出来ない、歌も歌えない。
けれど、歌いたい歌がありませんと私(笑)
はじめは私、コーラス志望でした。
E.R.Iボーカルスクールに入ってすぐ「あなたはメインボーカルでやるべき。詞、曲を作ってみたら?」
その言葉で、すぐ詞、曲を書き溜めて一年もしないうちに、全てオリジナル曲でライブをやりました。
恵理さんの言葉がなかったら、どうしてたんだろうな。
トレーニングを続けて、オーディションや事務所を紹介してくれた時。
色々な話をいただきました。
好きな事をやりたいという気持ちが強い私。悩んでいた時、
「道香ちゃん、私の若いころと本当にそっくりなの。自分が好きなように楽しんで音楽をして!!」
そんな風にも言ってくれたなぁ。
メジャーでデビューされていたし、色々なアドバイスをしてくれました。
恵理さんがいない時、鍵を渡してくれてスタジオも6時間くらい週に何回も貸してくれたし、
一緒にジムにも行ったし、
お酒飲んでベンツ、がりがり~とすっちゃったし(昔の事だからいいよね?(笑))
イタリアンでプライベートの話ふたりで飲んだくれながらしたし、
付き合いに悩んでいた時、私に変わって話をしに行ってくれたし、
いつも優しく、時には厳しく。
一緒に作った1stアルバム「GLAMOROUS」と2ndアルバム「NOTE」
宝物です。
「道香ちゃんは私と同じ姉御肌。」
恵理さんみたいになれないけれど。
恵理さんに出逢えて、私と出逢ってくれてありがとうございます。
もっともっと書きたいこといっぱいですが。
たくさんの愛をありがとうございます。
私のライブサポートをしてくれた時の映像です。
キーボード、コーラスでサポートしてくれました。




