『メンタルの強化書』(佐藤 優) | 週1冊、地味に続ける読書ブログ

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30年の読書が教えてくれたこと

『メンタルの強化書』(佐藤 優)の中で著者は

 

霞が関の役人などのエリートたちは、何年後にAIがどの程度浸透し、社会がどう変わるかをしっかりと見極めているはずです。

 

なぜならそれに関わる法律を彼ら自身が作っているからです。

 

そしてそれに合わせた社会体制をどう再構築するかまで、すでに織り込み済みでしょう。

 

と述べています。

 

著者のこの指摘は、「AI時代は突然やって来るものではない」という事実を、静かに突きつけています。

 

私たち一般の生活者がニュースや報道を通じて「AIが進化してきた」と感じる頃には、すでに制度を設計する側では、かなり先の社会像までが想定されている、その現実を、この一文は示しています。

 

霞が関のエリートたちは、単に技術の進歩を眺めているのではなく、「どこまでを許し、どこからを規制するか」「人間の仕事とAIの境界をどう引くか」といった、社会の骨格そのものを法制度として形にしていく立場にあります。

 

だからこそ、AIの浸透度合いやスピードについて、私たちよりはるかに具体的な時間軸を持っているはずだ、という著者の見立てには説得力があります。

 

ここで考えさせられるのは、「知らないうちに決まっていく未来」に、私たちはどう向き合うのか、という点です。

 

法律や制度が先に整えられ、社会体制が再構築されたあとで、「気づいたらこうなっていた」と感じるのでは、精神的にも実務的にも対応が遅れてしまいます。

 

一方で、この文章は決して悲観だけを語っているわけではないようにも思えます。

少なくとも、社会の設計図は場当たり的ではなく、一定の見通しのもとで描かれている。

であれば、私たち個人も「いつ何が起きるか分からない」と怯えるより、「変化は段階的に進む」「準備する時間はある」と捉える余地があります。

 

メンタルの強さとは、根性論ではなく、変化を正確に理解し、自分の立ち位置を冷静に確認する力なのかもしれません。

 

AIが社会に深く入り込むこと自体よりも、「その変化をどう受け止め、どう備えるか」が、これからの時代を生きる上での本当の課題なのだと、この一文は教えてくれているように感じました。