サラリーマンの副業+在宅×必要悪ソフト -4ページ目

サラリーマンの副業+在宅×必要悪ソフト

人様から、お金を貰って提供できるだけの何かを形にするためには、最低でも10年は必要。確固とした専門スキルを持たぬ者が「大事なのはお客様」などと主張するのは持たざる者の言いわけ。それを、いかにして成すかを理解せぬ者が、何をするかだけを決めるのは間違いのもと。

前回の記事は、こちら─、
『 やっぱりおかしい!?我らが創造主、神 』



何をどう受け入れるかはともかくとして、



今は─、



取り敢えず創造主なるものが存在し、



その創造主が、この宇宙を創ったという前提で、
話を進めている。



これは─、



私が、そう信じているというわけでもなければ、
それが私の考えだというわけでもない。



ただ─、



そういう前提での話に、
少しお付き合いいただこう。



例えば─、



我々は約140億年前に誕生した、この宇宙における、
連綿と続く時間の流れの中に存在しており、



たまたま─、



いまを生きている我々は二十世紀から二十一世紀と呼ばれる、
この時代に生まれ落ちただけで、



この世界と時間は、我々の死後も延々と続いて行く…、
そう考えているかも知れない。



しかし─、



それとてなんの確証もない話だ。



山本弘著の短編SF小説『 闇が落ちる前に、もう一度 』では、
世界はわずか8日ほど前に、



突如─、



現在の姿で誕生したことを突き止めてしまった、
宇宙物理学者の悲劇が描かれているが、



いわゆる─、



「 世界五分前仮説 」というやつだ。



仮に─、



世界が五分前に突如、
現在の状態で出現したのだとしても、



我々には─、



それを否定することも肯定することもできないという話で、
有名な哲学上の思考実験である。



そして─、



創造主に、それが出来なかったと、
果たして言い切れるだろうか?



つまり─、



あなたが、いま目にしている、
このブログ記事も、



タイムスタンプには「 2020年07月24日 12時09分18秒 」と、
記載されているかも知れないが、



5分前に突如、あなたの目の前に姿を現したのだとしても、
あなたにはそれを確認する術はないわけだ。



さて─、



記憶の中にある昨夜の夕食のメニュは何だっただろうか?
ハッキリと思い出せただろうか?




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( 次回へつづく... )
『 神の核心に少し近づけたかと思ったが…!?』



前回の記事は、こちら─、
『 人生哲学を語る時に避けては通れない少々厄介な、あの存在 』



もっとも─、



私は神のスポークマンではないので、



例えば─、



今回のコロナの件においても、
それが我々人類や世界にとって、



一体どんな意味や意図があるのか?と問われても、
それに対する明確な回答は持ち合わせてはいない。



しかし─、



よく言われているように我々が、
創造主と呼んで来た存在が七日間でこの宇宙を創り、



天と地を分け、
夜の次に昼が来るよう命じ、



オリオンの綱を解き放つことができた存在で、
あったのだとしたら、



その存在が望まぬことなら、
我々は小指一本動かせなかったはずだ、



との主張を受け入れるのに、
私は大して苦労は感じない。



しかし─、



やはり「 何のために?」という疑問は残る。
かつてあったパソコンゲーム『 ポピュラス 』のように、



神は人類育成シミュレーションをして、
遊んでいるのだろうか?



そして─、



神の意にそわぬ存在は、
神から怒りをかい地獄で業火の炎に焼かれる…!?



創造主の考えは我々の理解を超えている、
と言われればそれまでだが、



そうだとしても─、



神の振る舞いは、
少々、お粗末が過ぎるというべきではあるまいか?



創造主が全知全能なる存在であるとするならば、
我々に神を驚かせる術はないはずだ。




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( 次回へつづく... )
『 突然ですが昨日の夕食は何でしたか?( ※いやホントに!) 』



前回の記事は、こちら─、
『 人生哲学、在るべきか在らざるべきか?』



この手の問題を論じる時に、
避けては通れないのが、



やはり─、



自身の身に降りかかる出来事、命運、
人事を尽くした後に待つべき天命、



そして─、



神などと言った存在だ。



神と言うと─、



子供の頃などにはよく、
「 神様、仏様… 」などと、



神頼みをした経験の一つくらいは、
誰しも、お持ちなのではないかと思われるが、



正直─、



我々は ( 少なくとも私は ) 普段それほど、
神のことなど意識して生きてはいない。



たいていの人間は盆も正月もクリスマスも、
季節の恒例行事としてやり過ごしているのが実状ではないだろうか。



しかし─、



欧米では、創造主としての、
神の存在は、



日本人よりも遥かに、その精神に根付いている、
精神的土台のようなもので、



むしろ─、



日本人の、この何でもありという精神構造こそ、
世界的には奇妙に映っているのではないだろうか。



私が─、



過去に目を通して来た、この手の書籍の多くは、
主にアメリカ人作家による著作が多く ( 一部、インド )、



それだけに─、



その根底にはキリスト教の世界観が、
色濃く存在していたことは否定できない。



前回の記事で紹介した─、



「 神は自分が乗り越えられない試練を、
お与えになることはない 」



といった一文も、ご存知、聖書、
『 コリント人へ第一の手紙 』( 10章13節 ) の有名なくだりで、



我々は、この世での試練を通じて、
成長して行く存在である。



とまぁ─、



端的に言えば、そういう話だ。



その発想自体は我々、日本人の死生観とも、
そう隔たりのあるものではなかろう。




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( 次回へつづく... )
『 やっぱりおかしい!?我らが創造主、神 』