誰に止められたわけでもないのに
自分で勝手に諦めたり
自分のルールで
自分を縛ったり
自分で制限をかけて
できない、やってはいけないと
思い込むことが
これまでいくつもありました。
「器」もそのひとつ。
もともと好きだったけれど
いまあるぶんで
それなりに足りている
これまでたくさん割ってきたから
いいものをたくさん持つのはもったいない
オープン収納なので
地震で割れやすい
そんなにたくさん持っても
使いきれない
扱いが面倒
割れたら悲しいから
いっそ持たないほうがいい
理由/言い訳をつければ
いくらでも出てきて
自分の気持ちをどこか抑えていたと思う。
4年前、コロナ禍がきっかけで
食事を楽しむために
器を考えるようになって
あらためて器への気持ちが再燃し
旅行に行くたびに
探す楽しみができました。
そうそう
旅行に行くのも
制限をかけていたと思う。
「いつかそのうちに」と。
でも、行きたいと思うのなら
「今」しかないのよね。
今回の沖縄では
大皿を購入しました。
帰ってきたらしばらくここに置いて
愛でるのが習慣で
目に入るたびムフフと思う。
自分の「好き」を
素直に選択することが
暮らしの満足度を上げていく。
持たないための言い訳では
「扱いが面倒」だったはずなのに
いまは
大切だから
「手をかける」のを楽しいと思っている。
以前は
食器を洗ったあとに拭くのが面倒で
洗いカゴにバランスゲームのように積み重ねていたけれど
いまは拭きます。
え、拭くのが当たり前?
だって本当に面倒でしたのよ、オホホ
拭いて、乾燥させるために並べて、眺めて、楽しい。




