だいぶ前の事になりますが、今年の5月に、上野にある東京芸術大学の美術館で開催されていた「かぐわしき名宝 香り展」を見てきました。
アロマセラピーとイメージがかけ離れていたのですが、形こそちがうけれども、お馴染みの香りが我が日本でも珍重されていたのを知ることができる非常に興味深い展覧会だったのです。
ずっと記事にしたいと思いながらこんなに時間が経ってしまったのだけども、私にとっては全く知らない世界でしたので咀嚼する時間が欲しかったというのもすぐに記事にしなかった理由です。
私はまがりながらもアロマセラピストであるのですけれど、日本で「アロマセラピー」と言うと「お香ですか?」という言葉が返ってくる率が非常に高い事に以前から気付いていました。
これは日本でのアロマセラピーの認知度の割合を差しているのかもしれませんが、実際にアロマセラピーは精油を使ったマッサージを施術するもの、ということよりも精油を混ぜて香りの付いた物を作る、というクラフト系のものだという認識の方が広く伝わっているようだというのも、興味深いな、と思っているのです。
ここでやっきになって、Aromatherapyとはどういうものか、を説く前に、何故日本人は香り、と聞くと「お香」と連想するのだろう、ということに焦点を据えて考えてみようという気持ちにさせるきっかけとなったのが、今回の展覧会だったのでした。
今回の展覧会のテーマは、古代から近代までの日本人と香りのかかわりを、香道や、香木の名品を見ながら観て行くというものでした。
私たち日本人の生活には、当たり前のようにお香の存在がしみ込んでいてあまりにも当たり前になっているので、案外その存在さえ忘れてしまうほど、身近なものです。
仏教の方なら家に仏壇があってそこにいつもお線香を焚きます。お寺にお参りに行けばそこにはいつもお線香の香りがたちこめており、お墓には束にしたお線香をお供えします。お葬式では御焼香をあげます。
仏教ではお香を儀式的に使う事が伝来した為に今でも続いている習慣なのだそうです。
日本への仏教伝来は、6世紀前半とされています。お香もその当時に外国から伝わってきている可能性があると考えると、日本での香りの歴史は今から1500年前ほどから続いていることになります。
やがて平安時代になると、それまで儀式の中で使われているお香が宮中の生活の中でのたしなみとしてもっと日常的に使われるようになったのだそうです。香りそのものを楽しむことができるようになったのです。
そしてそれがやがて、室町時代に「香道」という香りを楽しむ日本独特の芸道が確立されていくことになるのです。
香道では、香りを嗅ぐ事を「聞く」といい、聞香(もんこう)ということもあります。
静かに、香りが焚かれている器に顔を近づけ精神を集中させ香りを聞く。香りから彷彿させるイメージや自分の中にある香の記憶を頼りに楽しむのだそうです。
この時に大事なマナーは、周りの人は静かにして話しかけたりしないことです。香りを聞いている間、その人は無心に自分の感覚を香りにTune inしているのです。その精神の営みを邪魔してはいけません。
このことを知り、私がアロマセラピーを学んでいる時に、一つ一つの精油のProfileを作っていた事を思い出しました。精油の数は、数え切れないほど存在していますが、勉強している時には最低43種類の精油を学ばなければいけませんでした。それぞれの香りの特徴を実際に香りを嗅ぐことで自分の感覚に覚えさせるのです。香りの印象や、そのイメージを主観的に言葉にしてノートにとり、自分だけの香りのノートを作っていたのです。例えば、Patchouliは「苔むした岩がある場所。古い本を開いた時のような。暗い森の中に差す午後の光」といった非常に感覚的なものです。他人が分からなくても良いのです。
勉強していた時は、自分ひとりでしたので、1日に香りを嗅いでTune inできる数は限られているから少しずつ、じっくりと一つの香りのイメージを大事に記憶していきました。
この香りのノート作りは試験の為に、というよりも個人的にやっておくべきことだと思っていたのです。実際、資格を取ってもう5,6年経ちましたがその時にしておいた香りノートづくりでイメージを大事に記憶してきた事は今でも残っています。この精油はどういう香りか、というのを名前を見るだけで香りのイメージが浮かんでくるようになっています。
そしてこれは施術の時にも、ブレンドするとどのような香りのイメージになるか、今でもその香りの瞬間的な魅力を大事にしてブレンドすることにしています。精油一つ一つの効能ももちろん大事ですけれど、アロマセラピーとは、香りがメインのセラピーです。複数の精油がもたらすハーモニーを楽しむ事も忘れてはなりません。
展覧会の中で、ひときわカルチャーショックを受けたものが「源氏香」というものでした。
これに関しては全くの無知であった為、同行した友人に分かりやすく教えてもらいました。
5本の縦線で香りのパターンが決まっており、焚いた香りを聞きそれが源氏物語54帖の物語にちなんで52通りの香りのパターンが縦の線で表してあるのです。最初の「桐壺」と最後の「夢の浮橋」は除いています。嗅いだ香りの順番でどの物語だったかをあてる遊びなのだそうです
「源氏香図」まるでバーコードみたいですね。
香元とよばれる、香席の進行役といった役目の人が香りの包を五種類選び、それをそれぞれ五つの包にさらに分けます。全部で25の包ですね。それを内混ぜてランダムに5つの袋をピックアップします。何の香りが包に入っているかは、包の内側にその名前が書いてあるので表からは見えず、その5つの包の中にある香りな何の香りなのか香元も参加者も分かりません。5つの香りを順番に炷き(たき)、同じ香りが続いたらあらかじめ引いてある5本の線を結んで記していき、5種類全部香りを聞いたらあとで答え合わせをするのです。全部正解したら「玉」と解答用紙に記されます。なぜ「玉」かというと光源氏が玉のように美しい男子だったからだということにちなんでいるのだそうです。
自分のきいた香りが源氏物語のどの章だったのか、そしてその物語を思い出しては香りのイメージもふくらます、と非常に文学的です。まず、源氏物語を読まなければ!と焦ってしまいます。源氏物語の中でもお香がたびたびでてきます。その時の香りはどのようなものだったのだろうと想像するのも楽しいですね。
平安時代から(もちろん宮中など身分の高い人々に限った事ですが)香りは生活のあらゆる所で使われ始めます。おしゃれに着物に香りを焚きしめたり、時間を図るためにお香をたいたり、虫よけにつかったり、実用性も高かったようです。
浮世絵の一部ですが、源氏香の文様と源氏物語の一幕が描かれています。
源氏香の文様は着物や風呂敷などの模様に取り入れられたりと、江戸時代ころから広く親しまれているようです。こういうことも知らなかったので改めて日本の文化を発見しました。
ところで、香道で使われるお香とはどのようなものなのでしょうか?香木と呼ばれる香りのする木片などが主に使われます。他にも樹脂や結晶も使われるそうです。日本ではWoodyな香りが主に使われている事が特徴的だと思いました。
香道で必ずといっていいほど使われるのが「沈香」(じんこう)と呼ばれる木です。聖徳太子の時代に海岸に打ち上げられた朽ちた木材を処分するので燃やしたらなんともいい香りがしたのですぐに火から取り出して献上したのがこの「沈香」と呼ばれる種類の木だそうです。沈丁花と種類が似ている東南アジアに原生する木なのだそうです。
香道では、こういった香木を少しずつ削り、焚く、というより香炉で熱することでほのかに漂う香りを楽しみます。
まだ体験した事がないので想像するに留まりますが、いかに古の昔ではこのような貴重な香りを珍重してきているかが分かるような気がします。遠い海を渡ってはるばる日本にたどりついた木材から心を静めるような香りがするなんて!
沈香
この写真のものではありませんが、展覧会では上に述べた銘木と呼ばれる「沈香」の本体が展示されていました。知っている人がみれば「あの有名な!」と息をのむような貴重な木片です。
香木には何種類かあり、白檀や桂皮(シナモン)などが代表的なものです。先にも述べましたがWoodyな香りの物やスパイシーな物が多いです。私たちアロマセラピストには非常になじみのあるものが多くありました。そのなかに、乳香、没薬、パチュリ、ベンゾイン、スパイクナードなどもあったのです!これですっかり、私はお香に親しみを持つ事ができました。
香道が出来た当時は蒸留する技術はありませんでしたので、材料をそのまま使いました。それだけに非常に高価なものだったに違いありません。
「沈香」などで特に品質の高い銘香を「伽羅」(きゃら)と呼ぶそうで、江戸時代には「伽羅物」という言葉が生まれ「極上」をさすときに使ったのだそうです。「伽羅くせい」といえば、身分不相応の見栄っ張りの事をさしたそうです。
元禄時代に日本髪の鬢が崩れないように今でいうヘアクリームのような役割をする「鬢付け油」がありました。伽羅というのは庶民ではとうてい手が届かない代物だったので憧れの意味を込めて「伽羅の油」と言う名前で売られたのだそうです。実際には伽羅は含まれておらず、「花の露」とも呼ばれる薔薇の抽出油を使っていたのだそうです。日本のそれも元禄の江戸時代にアロマセラピーと言う言葉など存在しなかった時代に薔薇の抽出油が庶民の間に使われていたなんて驚きです。
江戸時代の蒸留器。
また、練り香とよばれるものは、いくつかの香の材料を粉にして混ぜ合わせ練って作るお香の事で、部屋に焚く為に使われたそうです。これは平安の時代のころからあったそうでそのお家独自のブレンドというのがあり、自分で楽しむ他にも贈り物として人に贈ったりと宮中のたしなみの一つでもあったのだそうです。なので香りをブレンドして楽しむという、アロマセラピーの趣旨の一つは実は日本では宮中で12世紀のころからとっくの昔にやっている事だったのですね。けして20世紀の西洋の目新しいことではなかったのです。
この21世紀の時代でも日本の香りは伝えられています。
自分で作る匂い袋というセットもオンラインで家に居ながらにして手軽に手に入れる事が出来るのです。
ほのかに柔らかく白檀の香りがします。
パチュリ。精油の香りより若干柔らかく、ハーブのような香りがします。
クローブの実を細かく砕いています。
竜脳。防虫剤などに使われます。香りは七五三の時に付けた髪飾りの箱のにおい。
これらの材料を自分の好みで混ぜ合わせて匂い袋をつくるのです。分量の決まりはないですが、小さじ1ずつを目安にした方がよいでしょう、とのことでした。
香りがもたらす精神作用というのも、日本では古くから知られていた事のようです。心を落ち着かせ精神統一に香りを利用する事の他に、戦に出る武士の妻が夫の兜に香りを焚きしめて士気を鼓舞させたという逸話もあるのだとか。
アロマセラピーという言葉こそなかったものの、人の嗅覚がもたらす精神への働きかけは昔の人の方が良く知っていたのですね。
アロマセラピストとして、精油になっている植物の原型や結晶の姿を見て知ることはとても重要だと思います。そしてその植物の特性や香りを知る事ができるからです。
お香は、燃え尽きてしまえばそれきりの物です。いつまでも香りを楽しめるようにと香りを固形にして保存しようと試みるのは洋の東西でも同じでした。江戸時代に蒸留水や、今でいうポマードのように抽出油を作る技法が広まっていくまでは、香りはとても貴重なもので、記憶の中にとどめておくしか香りを保存する方法はなかったのかもしれません。
香りと記憶は深い結びつきがあることをここでもう一度思い起こされます。
源氏香で、記憶を頼りに香の図をあてる、など日本人にとって香りは記憶と密接に関係した存在であったのかもしれません。
英国にはるばる出て身に付けたアロマセラピーの知識は、別の形ですでに私の生まれ故郷日本で香っていたということを知る事が出来、香りの歴史とはおおげさではなく人の歩んできた歴史なのだと感じたのでした。